ホーム > 資料・出版物 > メールニュース > タイ >スラップ訴訟(1)公共参加を妨げるための戦略的訴訟とは
メコン河開発メールニュース2026年4月20日
タイは日本との経済的な関係が深い国の一つで、貿易相手国として常に輸出入総額のトップ10に入り[1]、現地でも6千社以上の日系企業が展開しています(2024年時点)[2]。このように経済的繋がりの深いタイで起きている人権侵害に、日本企業も関係している可能性もあり、注意を払う必要があります。
本メールニュースでは、近年タイで問題となっている人びとの公共参加を妨げるための手段として使われるスラップ訴訟について2回にわけて紹介します。
スラップ訴訟とは、英語のSLAPP(Strategic Lawsuits Against Participation)をカタカナに置き変えた呼び名です。ちなみにSLAPPは、「ひっぱたく」という意味のSlapと同じ発音です。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)発行資料によると、スラップ訴訟とは、公共の利益に関する問題についての市民参加や批判的報道を抑圧することを目的とする、またはその効果をもたらす、濫用的な訴訟戦術を用いた訴訟、あるいは法的措置の威嚇[3]、と定義されています。日本では、「公的参加を妨げるための戦略的訴訟」、「戦略に基づく公的参加封じ込め訴訟」、「原告の法的利益の適正な実現を図るという民事訴訟本来の目的から離れ(あるいはそれよりも大きな動機として)、被告の公共的・社会的活動を制圧し、これに打撃を与える(恫喝を図る)民事訴訟」等に訳されてきました[4]。
OHCHRのレポート[5]によると、スラップ訴訟は、法的な伝統や司法制度に関わらず、国家主体または非国家主体によって、世界のあらゆる地域で用いられています。企業による提訴が顕著で、標的は多くの場合、活動家、ジャーナリスト、環境運動家、人権擁護者、研究者、非政府組織(NGO)やメディアです。
「ビジネスと人権に関する指導原則」が2011年に国連で採択されから日本でも様々な議論が続いていますが、国連人権理事会から委嘱されて同原則の普及・推進にあたる国連ビジネスと人権に関するワーキンググループも、このスラップ訴訟について警鐘を鳴らしています[6]。
タイでは、国連開発計画(UNDP)が、タイ法務省の自由と権利擁護局(Rights and Liberties Protection Department)からの委託で1997年~2022年のスラップ訴訟の傾向を調査したレポート[7]によると、2013年以降にスラップ訴訟が目に見えて増加し、2014年に13件、2016年と2019年に11件、2017年に10件発生しています。企業(国営を含む)が400人以上を標的に、約109件起こしています。スラップ訴訟を起こしたのは、鉱山会社(34
%)、家畜産業(21.1%) 、電力会社 (13.8%)などでした。標的は、被害住民(78%)、活動家やNGO職員(10%)、労働組合員(6%)、メディア関係者(3%)。10件以上が、10人以上の集団に対する訴訟でした。
訴訟を起こす側は、公権力あるいは豊富な資金力を有します。それに対して標的にされる側は、個人や小さなグループであることが多く、最終的に裁判に勝訴する、あるいは訴訟が取り消されたり棄却されたりしても、その間の対応に多くの時間や資金を奪われ疲弊してしまいます。名誉毀損で訴えられた場合、莫大な損害賠償金を請求されることもあり、訴訟に対応する心理的負担も大きいのです。加えて、人権擁護者や何らかの開発事業に異議を申し立てる住民がこのような訴訟を起こされると、周囲の人やメディアは批判的な行動や発言を控えることになります。これらがスラップ訴訟の「公共参加を抑圧する」仕組みです。
タイでの、36件のケースを分析したClooney Foundation for Justice(2024)の資料によると[8]、訴えの過半数は裁判に至らず、裁判に進んだ件(約40%)も結局、無罪となっています。理由は、名誉棄損の要件をなさない、被告訴人の発言が公共の利益のためで信義にもとづいていたなど、被告訴側が当初から主張していたものでした。しかし、スラップ訴訟の対象とされた人は、結論に至るまで平均でほぼ2年間を費やしており、資源や時間を奪われ、経済的および精神的負担を負わされていたと言えます。
脚注:
[1]税関.「貿易相手国上位10カ国の推移(輸出入総額:年ベース) 」
https://www.customs.go.jp/toukei/suii/html/data/y3.pdf
[2]JETRO.「タイ日系企業進出動向調査2024年度(2025年2月)」
https://www.jetro.go.jp/world/reports/2025/01/32a9472f08549876.html
[3]UN Human Rights office. "The impact of SLAPPs on human rights &
how to respond".
https://www.ohchr.org/sites/default/files/documents/publications/briefer-the-impact-slapps-hr-how-resond.pdf
[4]渡邉和道.「カリフォルニア州反SLAPP法の適用除外」
https://www.seiryo-u.ac.jp/u/research/gakkai/ronbunlib/e_ronsyu_pdf/No135/12_watanabe135.pdf
[5]UN Human Rights office. 前掲。
[6]ヒューライツ大阪.「国連ビジネスと人権ワーキンググループがスラップ訴訟に対して改めて警鐘」
https://www.hurights.or.jp/archives/newsinbrief-ja/section4/2022/03/post-22.html
[7]United Nations Development Programme (UNDP) in Thailand (2023). ”Laws and Measures Addressing Strategic Lawsuits Against Public Participation (SLAPPs) in the Context of Business and Human Rights”.
https://www.undp.org/thailand/publications/laws-and-measures-addressing-strategic-lawsuits-against-public-participation-slapps-context-business-and-human-rights
[8]Clooney Foundation For Justice."Solving SLAPPs: Identifying and addressing gaps in Thailand's anti-SLAPP framework".
https://cfj.org/wp-content/uploads/2024/09/Thailand-SLAPPs-Report-Final_September-2024.pdf
(文責:メコン・ウォッチ)