2002年5月9日
ビルマの民主化運動の指導者アウンサンスーチー氏が5月6日自宅軟禁から解放された。この展開は世界中が歓迎している。しかし、スーチー氏の解放が、ビルマ軍事政権の本格的な民主化へのステップなのかはまだ明確ではない。実際、民主化を支援してきた欧米の政府は、スーチー氏の自宅軟禁解除後も経済制裁解除を発表していない。
その中にあって目立つのは日本政府の姿勢である。バルーチャン第二水力発電所補修事業への30億円の無償資金協力を進めることを発表した。現地点で多額の援助を軍事政権に供与することが正しい政策なのか、もし進める場合も、この事業が民主化や現地の人権状況を含む環境社会影響に十分配慮したものとなるための具体的な方策が必要なのではないか。スーチー氏の自宅軟禁解除をもって手放しに援助を拡大することは、返って民主化を遅らせ、ODAによる現地の環境社会影響を深刻化させることになりかねないと考える。
ビルマの民主化勢力や欧米諸国はアウンサンスーチー氏の自宅軟禁解除を歓迎しているが、援助の拡大や経済制裁の解除には極めて消極的で、今後の展開をモニターし、ビルマが本格的に民主化に向かうかどうかを確認する姿勢をとっている。
▽アウンサンスーチー氏(共同2002年5月6日):NLDがこれまで主張していた軍事政権への援助はすべきでないという政策に変更はない(記者会見にて)。
▽アメリカ政府(ロイター2002年5月7日):自宅軟禁からの解放を歓迎し、ビルマは国の和解と民主主義の回復に向かうように願っている。アメリカは継続的にビルマの状況をモニターし、どのように民主主義の進歩に貢献できるかをASEAN、日本、ヨーロッパなどと相談しながら検討する。経済制裁を解けるのにもっと具体的な進歩が必要である。
▽EU Council (Statement by President of EU Council):未解決の問題はたくさん残っており、(経済制裁などの)対ビルマ政策に変更はない。
▽ビルマ連邦国民連合政府(NCGUB):ビルマの状況を綿密にモニターし、時期尚早に、軍政への圧力を緩和しないよう国際社会に呼びかける(声明文より)。
一方日本政府は、スーチー氏の自宅軟禁解除直後に川口外務大臣の談話を出し、「わが国はミャンマーの民主化と国造りに向けた努力を支援するとの立場であり、このような観点からバルーチャン第二水力発電所補修計画に対する協力を実施する方針である。今後民主化のプロセスが加速化されれば、国造りの努力に対する支援も一層前向きに取り組んでいきたい」と述べた。
時期尚早:既述のように、民主化勢力や国際社会が、スーチー氏自宅軟禁解除後の軍事政権の実質的な民主化に向けた取り組みを注視している中で、日本政府だけが30億円もの無償資金援助をこの時期に軍事政権に供与することは、適切ではない。
強制労働の懸念:バルーチャン発電所があるカレンニー州での(強制労働、レイプ、法廷外の死刑を含む)人権侵害の深刻さを国連人権委員会決議(2002年4月25日)が指摘しているし、同委員会のミャンマー特別報告官(specialrapporteur)の報告(2002年1月10日)は、同州には軍事政権によって抑圧された国内避難民が7〜8万人いると述べている。国際労働機関(ILO)のハイレベルチームの調査報告書(2001年11月)は、ビルマ軍の軍施設の存在と強制労働の徴用との間に強い結びつきがあることを明らかにした。バルーチャン発電所の周辺地域には、ビルマ軍の駐屯地がある。同地域からタイ国境に逃れた難民にメコン・ウォッチが聞き取り調査をしたところ、バルーチャン第2水力発電所の安全を担当しているビルマ軍によって強制労働などの人権侵害が続いていることがわかった。こうした状況から、発電所の補修工事を行えば、多くの技術者や援助関係者の安全を確保するために軍が増強され、それによって住民に強制労働を強いる懸念が強い。
農業用水の確保:既述したタイ国境に逃れた難民への聞き取り調査では、渇水時にダムの水が発電に優先され、農業用水が制限されて生活が脅かされたという証言があった。発電所の補修工事は、こうした運用面での改善を盛り込んでおらず環境社会配慮が不充分である。
この他にも、日本政府がビルマ軍事政権に供与した多額の債務救済無償援助が、使途不明であったり、軍の強化につながる森林伐採の促進に使われたりしている現状を考えれば、スーチー氏の自宅軟禁解除のみをもって、バルーチャン第二水力発電所補修工事に30億円もの無償援助を軍事政権に行うべきではない。