ホーム > 資料・出版物 > プレスリリース・要請文>メコン本流ダム>日本政府は、MRCサミットの席で、メコン河流域での大型ダム建設に即時中止の呼びかけを
2014年4月5日からベトナム・ホーチミン市で、メコン河委員会(MRC)が主催する第2回首脳会議が開催され、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムの政府代表が一堂に会します。現在、メコン河流域の数ヶ所で、豊かな生態系・魚類資源と6,000万人の住民の生活を脅かす巨大ダム建設計画が進行しており、住民やNGOだけでなく、下流国のカンボジアやベトナム政府からも懸念の声があがっています。本来、こうした懸念の声や科学的な知見をとりまとめて、メコン河を持続可能な形で保全・管理するメコン河委員会は、十分な権限を持たず、その使命を果たせていません。ホーチミン市に集う四か国の首脳が、共通の宝であるメコン河の価値を再認識し、地域協力の精神に立ち返り、巨大ダム建設を中止する政治的英断を下すことが求められています。
私たちメコン・ウォッチでは、メコン河委員会の支援国で、四か国に多額の開発援助を提供してきた日本政府に対して、四か国首脳に巨大ダム建設の即時中止を働きかけるよう要請する提言を提出しました。以下、全文をご覧下さい。
>> 要請書本文(PDF)
また、メコン河流域で進行する巨大ダム建設計画については、以下のサイトをご覧下さい。
・メコン河本流ダム(下流部) http://www.mekongwatch.org/report/tb/lower.html
・サイヤブリダム http://www.mekongwatch.org/report/tb/Xayaburi.html
・ドンサホンダム http://www.mekongwatch.org/report/tb/Donsahong.html
・セサン下流2水力発電事業 http://www.mekongwatch.org/report/cambodia/LowerSesan2.html
2014年4月3日
外務大臣 岸田文雄殿
【要請 日本政府は、MRCサミットの席で、メコン河流域での大型ダム建設に即時中止の呼びかけを】
拝啓
私たちメコン・ウォッチは、東京に本部を置き、東南アジア・メコン河流域の開発について調査・提言活動を行う特定非営利活動法人です。私たちは、今週末の4月5日、ベトナム・ホーチミン市で開催される第2回メコン河委員会首脳会議(MRCサミット)の席で、日本政府が、MRC加盟国首脳に対して、「メコン河流域の持続的な開発のための協力に関する協定」(「メコン協約」)の精神に立ちかえり、メコン河流域での大型ダム建設を即時中止するよう呼びかけることを要請いたします。
メコン河が支える流域住民の生活と食料安全保障
中国・チベット高原に源流を発し、ビルマ(ミャンマー)、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムを流れるメコン河は、全長4,900`に達し、魚類の多様性において世界第2位を誇る世界最大の淡水漁場です【1】。漁獲高は、下流4か国流域だけで年間75〜210万d、経済価値(小売価格)は、4,200〜7,600億円にのぼると推定されています【2】。水産資源に加えて、河岸での農業や森林資源は、約6,000万人の住民、とりわけ貧困層にとって貴重な食糧・収入源であるとともに、流域全体の食料安全保障の根幹をなしています。
大型ダム建設がもたらす脅威
しかし、メコン河は今、大型ダム建設によって脅かされています。11か所の建設計画のうち、ラオス北部では、サイヤブリダムの建設工事がすでに30%完了したと報じられています【3】。サイヤブリダムは、流域を広範に回遊する魚類や栄養分の移動を妨げ、はるか下流のトンレサップ湖やメコンデルタの生産性にまで被害を及ぼす恐れがあります【4】。ラオス南部のカンボジア国境付近で建設準備が進むドンサホンダムも、水量の少ない乾季に魚が回遊する流れをふさぎ【5】、絶滅危惧種「カワゴンドウ」(淡水イルカ)などの生存を脅かす危険性があることから、多数の科学者が、「(わずか260メガワットのダム建設のためには)おそらく最悪の地点」であり、地元の漁業や観光業を破壊することで、「ラオス国民のためにもならない」と関係諸国や国際機関に対し警告を発しました【6】。MRCの「戦略的影響評価」は、本流ダムがメコン河の生態系を大きく変化させ、魚類を26〜42%も減少させる可能性を指摘したうえで、全本流ダムの建設を10年間棚上げし、詳細な追加調査を実施するよう勧告しています【7】。また、カンボジア東北部で建設の準備が進むセサン下流第2ダムは、建設地点こそメコン河の支流ですが、専門家の試算では、流域の魚類を9.3%も減少させる恐れがあり【8】、本流ダムに匹敵する脅威となっています【9】。
大型ダム建設に対する異論は、流域住民、研究者、NGOだけではなく、流域政府からも発せられています。カンボジア、ベトナム両国政府は、サイヤブリダムの建設を強引に進めるラオス政府に対して、さらなる調査の実施と情報の公開および協議の必要性を説きました【10】。ドンサホンダムについては、タイ政府も加わった3か国の代表が、ラオス政府に対して、国境を超えた環境・社会影響の調査や十分な協議を呼びかけています【11】。こうした状況は、メコン河流域での大型ダム建設がもたらす影響の深刻さを物語っています。
食料安全保障と地域協力の危機
メコン河流域で大型ダムの建設が加速すれば、流域の生態系が大打撃を受けます。魚類の激減は、動物性たんぱく質の摂取を魚類に依存する人びとの食料安全保障を脅かし【12】、流域国の経済・政治上の不安定化を招きかねません。メコン河流域国の不安定化は、日本政府にとっても非常に大きなリスク要因です。メコン河上流域では、中国政府がすでに6か所の大型ダムの建設を終え、下流国から影響を懸念する声があがっています。中国は、MRCにも正式加盟しておらず、メコン河開発をめぐって下流国と協議する枠組みが存在しません。下流国間の協力が有名無実化すれば、下流国が、中国も交えてメコン河の共同管理を実現する可能性がますます遠のきます【13】。
日本政府をはじめMRCの開発パートナーは、2013年6月の非公式会合で、サイヤブリダムの設計変更の詳細の公開を求めました【14】。ドンサホンダムやセサン下流第2ダムについては、MRCでの協議を促しています【15】。しかし、MRCには、こうした要請を実行に移す権限もなく、メコン河の持続的な管理と開発に向けて協力する場として不十分であることが露呈しています。そこで、4月5日の第2回MRCサミットの席では、加盟4か国(ラオス、タイ、カンボジア、ベトナム)の首脳が、メコン河がもたらす経済・社会・文化的な恵みを再確認し、メコン協約の精神、とりわけ「協力の原則」の下で合意した第3条「メコン河流域の自然環境、自然資源、水生生物と水環境、生態系上のバランスを、水をはじめとする流域の資源のあらゆる活用や開発計画がもたらす汚染などの被害から守る」【16】に立ちかえり、流域での大型ダム建設を即時中止する政治的決断を下す必要があります。
日本政府への要請
2011年12月、MRC理事会(担当大臣会議)は、本流ダム計画全体が流域に及ぼす影響について追加調査を実施し、調査のための資金援助を日本政府などに求めることで合意しました【17】。日本政府は、昨年12月、東京で開催された第5回日本・メコン地域諸国首脳会議の席で、この調査への協力を表明しています【18】。追加調査が科学的に実施され、関係諸国間での合意形成に資するためには、本流ダム建設をいったん中止し、市民社会、とりわけ流域住民に対して十分に情報を公開し、意見を求めることが最低条件となります。
以上のことに鑑み、私たちは、日本政府が、第2回MRCサミットの場で、加盟4か国首脳に対して、メコン協約の精神に立ちかえり、メコン河流域での大型ダム建設をただちに中止し、科学的な調査の結果と市民社会の知見をもとに、関係諸国間で協議を深めるよう強く働きかけることを要請いたします。
豊かな環境と資源に恵まれたメコン河の共同管理と関係国間の協議・協力を促す積極的な役割を果たすことが、これからの日本政府とメコン河流域諸国との友好関係を発展させるためにも、きわめて有意義な外交的手段であると固く信じつつ、私たちの要請をお聞きとどけいただけますようお願い申し上げます。
敬具
特定非営利活動法人メコン・ウォッチ
代表理事
福田健治
【注】
【1】『自然と私たちの未来を考える〜メコン河流域と日本〜』(メコン・ウォッチ2013年)12頁http://www.mekongwatch.org/platform/bp/japanese1-3.pdf
【2】前掲『自然と私たちの未来を考える』14頁http://www.mekongwatch.org/platform/bp/japanese1-4.pdf
【3】“Xayaburi dam 30% finished, says Laos”(Phnom Penh Post紙2014年3月25日)http://www.phnompenhpost.com/national/xayaburi-dam-30-finished-says-laos
【4】サイヤブリダム建設計画の概要と問題点は、http://www.mekongwatch.org/report/tb/Xayaburi.html
【5】ドンサホンダム建設計画の概要と問題点は、http://www.mekongwatch.org/report/tb/Donsahong.html
【6】“A letter from scientists concerned for the sustainable development of the Mekong River”(2007年5月25日) http://www.internationalrivers.org/files/attached-files/don_sahong_scientists_letter.pdf
【7】「メコン河の命運を占う〜メコン河委員会(MRC)による本流ダム戦略的環境評価(SEA)のまとめ(インターナショナルリバーズ作、メコン・ウォッチ訳2011年)1頁http://www.mekongwatch.org/PDF/SEAfactsheet(20110409).pdf
【8】“Trading-off fish biodiversity, food security and hydropower in the Mekong river basin”(Ziv, G., Baran, E., Nam, S., Rodríguez-Iturbe, I., and Levin, S. 2012. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)http://www.pnas.org/content/109/15/5609.full.pdf+html
【9】セサン下流第2ダム建設計画の概要と問題点は、http://www.mekongwatch.org/report/cambodia/LowerSesan2.html
【10】A reply from Cambodia(2011年4月13日)http://www.mrcmekong.org/assets/Consultations/2010-Xayaburi/Cambodia-Reply-Form.pdfおよびA reply from Vietnam(2011年4月15日)http://www.mrcmekong.org/assets/Consultations/2010-Xayaburi/Viet-Nam-Reply-Form.pdf
【11】“MRC takes Don Sahong Project discussions to ministerial level”(MRC 2014年1月16日)http://www.mrcmekong.org/news-and-events/news/mrc-takes-don-sahong-project-discussions-to-ministerial-level/
【12】国連食糧農業機構(FAO)の統計などをもとに、年間1人あたりの淡水魚消費量を算出すると、世界平均2.3`に対して、ベトナム34.5`、カンボジア32.3`、タイ24.9`、ラオス24.5`となる。前掲『自然と私たちの未来を考える』14頁
【13】日本政府・外務省は、「『グリーン・メコンに向けた10年』イニシアティブに関する行動計画」(2010年10月29日)において、「メコン河委員会を通じて総合水資源管理(IWRM)のアプローチを促進していく」(「3.2各分野の行動(2)水資源管理」)とうたっている(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/j_mekong_k/s_kaigi02/gm10_iap_jp.html)MRCの弱体化で、こうしたアプローチは見直しを迫られる。
【14】“Report: Informal donor meeting, 27-28 June 2013 Phnom Penh, Cambodia” 22頁 http://www.mrcmekong.org/assets/Publications/governance/Report-IDM-2013-Complete-set-final.pdf
【15】前掲“Report: Informal donor meeting, 27-28 June 2013” 1~2頁、23頁
【16】Agreement on the cooperation for the sustainable development of the Mekong river basin(MRC 1995年)6頁http://www.mrcmekong.org/assets/Publications/policies/MRC-1995-Agreement-n-procedures.pdf
【17】“Minutes of the 18th meeting of the MRC Council, 8 December 2011 in Siem Reap, Cambodia” 21段落 http://www.mrcmekong.org/assets/Publications/governance/Minutes-of-the-18th-Council.pdf
【18】「日本及びメコン地域諸国は、水力発電案件による影響を含む、メコン河の持続可能な管理と開発に関する調査についての協力を行う」(外務省2013年12月14日)『改訂版「東京戦略2012」の実現のための日メコン行動計画』「3.2環境及び気候変動課題のための行動及び措置」http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/page23_000703.html
(文責 メコン・ウォッチ)