メコン河開発メールニュース 2000年6月1日
タイのパクムンダムの緊張状態は、少し緩和しているようです。パクムンダムで大きな争点の1つとなっているのは、鳴り物入りで建設された魚道(Fish Ladder=つまり魚の階段)です。タイ発電公社は、メコン河からムン川に回遊・遡上する魚は、この魚道を上ってこれまで通りに産卵すると主張しています。これに対してダムに反対する住民は、魚はほとんど魚道を越えられず回遊できていないと反論を繰り返し、魚道が機能しなかったために、漁業によって支えられた生活が大きな影響を受けたと政府を批判しているわけです。したがって、この「魚の階段」を魚が上れるかどうかは、ひとつの大きな論点になっています。タイ発電公社は、魚が飛び跳ねて魚道を越えるシーンを宣伝ビデオに使い、住民たちはビデオに映った魚は飛び跳ねないと「やらせ」を指摘しています。以下は、バンコクポストに送られたオーストラリアからの投書ですが、この中で、うまく機能する魚道では、魚はジャンプする必要がないと書かれているのは象徴的かと思います。
バンコクポスト、May 29, 2000
最近タイを訪れた際、バンコクポストで魚の回遊を妨げていることについて報じられたパクムンダムの抗議行動を追ってみたくなった。どうやら、魚道の効果のなさが、村人と行政の間の確執を現在のレベルにまで押し上げているようである。
魚道の写真を見ると、これは北アメリカで泳力の強いサケのための魚道にしたがってデザインされていた。不幸なことに、サケ以外の種に対するこのような魚道の失敗は、タイに限らず、他の熱帯地域でも報告されている(北オーストラリア、中央アフリカ、南アメリカ、それに東南アジアの他の地域など)。熱帯河川の魚は、しばしば泳力が比較的弱く、またサケとは異なる回遊の方式をとっている。
熱帯河川用の魚道の構造については最近いくつかの重要な進歩があったし、慎重に計画すれば、パクムンのようなダムに対してももっとうまく魚が通過できる構造物を建設することができる。熱帯オーストラリアの魚社会は、その豊かさ、高い種の多様性、それに大きさや生活サイクルのバリエーションという点で、タイの魚社会と似たような性質を持っている。北アメリカの魚道に基づいた新しい魚道は、熱帯の魚に対しては10年以上も適応されていたが、もっと回遊をうまく導くことができる。中には、1日の数千の熱帯の魚が通ることができるものもある。魚道は今でも重要な役割を果たしており、魚が産卵場所にたどり着き、若い魚が散らばっていくことを可能にしている。こうした魚道がうまく機能するのは、水の流れが非常にゆっくりであり、傾斜が緩やかで、かつ乾季と雨季の両方の期間中に、川の高さを操作する能力がある場合だ。手短に言えば、こうした魚道では、魚がジャンプする必要がないのである。
時には、古い機能しない魚道を、完全に新しい構造にしないで、もっとうまくいくデザインに変えることが可能である。しかしながら、魚道を機能させるのは、より広範な魚の回遊計画を、ダムやその水資源の操作計画に組み込む必要もあるのだ。
パクムンダムの水門(スルースゲート)を開けることは、魚の回遊のレベルを上げるかもしれないし、上げないかもしれない。しかしこのことはタイ国内の他のダムの似たような問題を解決するのにはあまり役立たない。
明確に、より強調しなければならないのは、タイにおける淡水魚に関する研究活動を拡大すると同時に、新しいダムにおいては回遊魚がそこを通れるような計画を作り上げることである。とてもありがちなのは、ダムと言うのは、単に回遊を妨げる以上のはるかに大きな影響を魚に与えていることである。しかし、機能する魚の道にすることは、こうした魚のエコロジーを回復し、対立を解決する最初のステップではないだろうか。
By Ivor Stuart and Martin Mallen-Cooper
魚道生物学者(Fish ladder Biologists)、オーストラリア