メコン河開発メールサービス 2000年6月13日
タイのバンコク近郊のサムットプラカン県クロンダン区に建設が進められている汚水処理施設に関するニュースです。このプロジェクトはアジア開発銀行(ADB)の融資と、日本の円借款などを元手にしたタイ環境基金によって実施されています。5月のADBチェンマイ総会では、このプロジェクトが大きな環境問題として、影響住民から提示され、デモや会議が繰り返し行われました。6月にはADBが現地視察団を派遣する予定になっています。以下は、ADB総会期間中に出たバンコクポストの特集記事を、福田健治さんが訳したものです。
Bangkok Post May 7, 2000
Supara Janchitfah
「このプロジェクトは貧困削減にならない」とサムットプラカン県クロンダン区の住民であるチャラオ・ティムソンさんは語った。「むしろ貧困を増やしている」 沿岸漁業を営むチャラオさんは、すぐそばで行われている公害管理局の排水処理プラントの話しになるといつも怒った様子である。
チャラオさんの怒りは、このプラントが操業を開始したら、クロンダンの海岸地帯を汚染するのではないかという地域住民の不安に由来する。これにより、豊かな水産資源が危機にさらされるだけでなく、クロンダンの14ヶ村の生計や食料の源もが危うくなっている。
この村々は3万人余りの人々が住み、住民の主要な所得源は沿岸漁業である。約70%の人々が、漁業関連の職業に生計を頼っている。230億バーツ(1バーツは現在約2.8円)に上るこのプロジェクトの一部は、アジア開発銀行からの融資を受けている。
「考えてもみてください」とチャラオサンは言う。「私たちのコミュニティには100以上の小規模な漁業用ボートがあります。このボートは私たちがイガイを集めに行くときの主要な収入なのです」「ボート1艘で毎日平均800トンを集めます。これを1トン当たり30バーツで売ります。多くの人は他にも魚や他の水産物を取っています」と彼女は語った。
例えば、村人のサコーン・サックナックさんは、毎日新鮮なイガイを売って日々の糧を得ている。毎日少なくとも200バーツの収入がある。「この仕事があれば村から出て行かなくてすみます。仕事と家族の世話を両立できています」とサコーンさんは述べた。「ADBが推進しようとしているのはこういうことではなくて?」とサコーンサンは言った。村人たちは、政府公害管理局がサムットプラカンの工場汚水の排出を管理しなければならないことには同意している。しかし、なぜ汚水処理施設が農業地帯に建設されているのか、多くの村人が疑問に思っている。
チャラオさんは、「なぜ国家機関はそれぞれの工場が汚水処理施設を持つように法律を適用しないのだろう?」と尋ねる。この方法で、政府は大規模な投資を行わずに済み、納税者ではなく工場に環境維持の責任を負わせることができると、専門家たちは同意する。タイ環境技術協会会長のSujin Panapavuth博士は、サムットプラカンにある3600の工場の内90%以上が自前の汚水処理システムを持っているとする協会の最近の調査を引用している。
この調査は、工場の38%が地元の基準で認められるレベルまで汚水を処理していることを明らかにした。高価であるばかりでなく、PCDのプロジェクトは今や不要であると批判されている。クロンダンの住民は、プラントから処理した汚水が排出され、海域の塩分濃度を変えてしまうのではないかと強く懸念している。この結果、海洋の動植物相が影響を受け、コミュニティのライフスタイル、生計や海産物の消費者までが影響を受けることを村人たちは恐れている。
「私たちは、このプラントがBang Poo工業団地だけでなく、チャオプラヤ川の両岸にある何千もの工場からの排水を処理し、私たちの湾に排出することに気づきました」「このためにトータル125kmに及ぶパイプが敷設されることを私たちは知っています。処理された水は私たちの地域の海へと排出されるのです」
プロジェクトに伴なう参加や協議がなかったため、村人の間に不安が生まれている。
「看板が掲示された1998年になるまで、私たちはプロジェクトについて何も知りませんでした」とチャラオさんは言う。さらに、PCDがプロジェクトサイトをBang Pla KodとBang Poo Maiからクロンダンに移した理由に住民は納得していない。彼ら・彼女らは大規模な汚職の存在を疑っている。
「この2つのサイトはMontgomery Watson Asiaによる調査で提案されましたが、クロンダンへの変更は全く環境影響評価(EIA)が行われていない状況でなされました」とチャラオさんは言う。PCDの役人は、ジョイント・ベンチャー企業がプロジェクトに落札したが、提案された2ヶ所では適した土地を見つけることができなかったと説明しようとしてきた。
最近のセミナーで、科学技術大臣のArthit Ourairat博士は、プロジェクトサイトは「提案されたサイトに土地を見つけることができなかった」ため移転されたと述べた。しかし、チャラオさんは1999年8月9日に行われた技術的なヒアリング(の資料)を読んだ。それによれば、施設のサイト変更は、近隣のSapasamit運河への処理済汚水の排出が、同運河の吸収能力の低さゆえに問題を引き起こすためである。
もし汚水がチャオプラヤ川に注ぎ込めば、また別の問題を生じてしまう。潮の満ち引きによって泥が川の底に堆積してしまうだろう。(技術的ヒアリングはPCDによって行われた。チャラオの引用は、彼の地域でも処理済の汚水排出が問題を起こすという主張を証明するためである)。しかしクロンダンの住民は、(サイト移転の)真の理由は、クロンダンの土地が有力な政治家とつながりを持つ企業によって所有されているためだと信じている。
「こうした企業はゴルフコースと観光リゾートを計画していましたが、定期的な洪水のためこの地域が海に沈むことを知り、計画を撤回しPCDに土地を売ったのです」とチャラオさんは言った。多くの村人は、政治的な既得権益が(サイト移転の)もう一つの要因であると確信している。
「当初の計画では、汚水処理施設を工場の近くに設置することになっていました。クロンダンは(当初予定地に比べ)かなり遠く、より多くのパイプを敷設しなければなりません。彼らはパイプを引けば引くほど、多くの金を得ることができます。パイプは一本17万バーツもするのです。当初計画のサイトだと、政府はプロジェクトに136億バーツをかけるはずでした。新しいクロンダンのサイトに移り、政府の負担は237億バーツに増加しています。この不合理なコストの増加は、私たち納税者が背負うことになるのです」とチャラオさんは語った。
「どのように支払うのでしょう?」
地域住民は、ADBや他の国際的金貸しからの資金的支援なしにはこのプロジェクトは実行不可能であると信じている。このためADBも憤怒の対象となってきた。
「ADBはグッド・ガバナンスを促進しようとしていますが、このプロジェクトは透明とは言えません」とクロンダンの食料品店主であるダワンさんは言った。
「ADBは住民参加も強調しています」とダワンさんは言う。「しかし意思決定への私たち地域住民の参加なしに、ADBはどのように融資を承認できるのでしょうか」「地域住民たちは、これだけ大規模なプロジェクトなのに、なぜEIAや公聴会が行われないのか疑問に思っています。科学技術大臣のArthit Ourairatは、(公聴会が行われないのは)新憲法が施行される前にこのプロジェクトが承認されたからだと説明しています」
プロジェクトが承認されたのは1996年10月17日である一方、住民に影響を与える可能性のある大規模プロジェクトにおける公聴会を義務づけた新憲法が認可されたのは1997年10月である。しかし、Arthit博士の説明にもかかわらず、1992年環境法はあらゆる大規模プロジェクトにおいてEIAを要求している。
ADBの環境マネージャーであるWarren Evans氏は、このプロジェクトにまつわる汚職は存在しないと主張している。PCDが意図的にクロンダンの土地を高く買い上げたという主張については、Arthit博士は、彼と関係のないことだと述べている。記録によれば、PCDはクロンダンの土地を1ライ当たり103万バーツで購入した。Bangplee土地省事務所による(クロンダンの土地の)公式価格は1ライ当たり48万バーツである。実際の価格は土地省の公式価格より更に安いと地元の人々は言っている。Arthit博士は、土地の購入・支払いは彼の大臣就任以前に行われたと述べている。
タイ開発支援委員会とチュラロンコーン大学社会開発研究センターによって行われた最近のセミナーで、Arthit博士は、問題の解決は困難であると述べた。「プロジェクトを中止するより大臣を辞任するほうが簡単だろう」
村人たちは、公聴会とEIAを行うためにプロジェクトを凍結することを求めていると語った。Arthit博士は、彼にはその権限がないとの立場を崩していない。
PCD局長のSirithan Pairoj-boriboonは、「不十分な点」として過ちを認めてはいるが、プロジェクトを延期・撤回はしないだろう。
「我々の問題点は、公聴会を行わず、村人たちと協議しなかったことだ。TAOからの問い合わせしかなかったのだ」「「このことについては謝罪しなければならない」 「村人たちの懸念は論理的なものだ。こうした懸念が表明されなければ、我々は知ることもなかった」。しかし、プロジェクトは既に50%が完成しており、プロジェクトの中止は不可能だと彼は主張した。
ADB代表のWarren Evansは環境配慮同様ADBの主要な政策である貧困削減について繰り返した。 (こうした意見に対し)ダワンさんは、「私たちの地域は「緑」の地域であり、国の食料源です。私たちには仕事があり、飢えたことはありません。私たちの暮らしはタイの経済危機によっても影響を受けませんでした。これこそがADBが表向き進めようとしていることではないのでしょうか。なぜこれを変えようとするのでしょうか」と答えている。
「村人たちが根拠のない目立たんがための抗議をしているという非難にもかかわらず、自分たちの懸念が学者や独自調査によって支持されていることが分かってきた」
ADBのウェブサイトには、このプロジェクトが近隣の水環境を改善し公衆保健上のリスクを減少すると述べられている。ADBウェブサイトは更に、広範な層の住民が利益を受けると述べている。特に汚染された水路に曝されなくなる工場の近くや洪水の影響を受けやすい低地に住む女性や低所得世帯が利益を受けるとしている。あらゆるプロジェクトにおけるADBの優先課題は貧困削減であるとADBは述べている。しかし、クロンダンの住民はそう思っていない。
「このADBのプロジェクトは、私たちの環境と自給自足の生活を破壊しようとしています」とダワンさんは語った。「このプロジェクトは貧困を増加します」。
しかしADB環境マネージャーのWarren Evanは、このプロジェクトが環境問題を減少し、クロンダンの住民の暮らしを改善すると主張している。
ほとんど全てのクロンダンのコミュニティ・リーダーが、ADBの良い統治や貧困削減といった原則は単なるレトリックに過ぎないと信じている。Focus on the Global South上級調査員のShamali Guttalも同意する。「ADBはどのように貧困を削減するかの道筋を持っていない。単に世界銀行や他の多国間機関の先導に従って貧困削減というレトリックを採用しているに過ぎない」「ADBは開発業界において比較的遅れており、貧困削減への完全な専念を宣言した最後の多国間機関である」
一方、Arthit大臣は先週、このプロジェクトについて公聴会が行われるであろうと繰り返した。しかし村人たちは、建設が続いているので、公聴会の結果は無視されるだろうと言っている。彼・彼女たちは、(建設の続行が)政府機関が公聴会の結果如何に関わらずプロジェクトを進めるであろうことを示していると語っている。