メコン河開発メールサービス 2000年12月25日
日本が支援してのベトナムにおける原子力発電所計画については、しばしばニュースが入ります。最近、メコン・リサーチというWebサイトがあることがわかり、そこにこの問題についての少々古い記事がありました。メコン・ウォッチの福田健治の翻訳です。
原文はこちら。
MEKONG RESEARCH
Energy Vietnam INDUSTRY UPDATE
November 1999
ベトナムは「原子力の未来」に向けて、小さな一歩を踏み出した。原子力研究所と東芝は、最近ベトナムでの原子力発電所計画の実現可能性調査を終えた。調査の由来と後援者を考えれば、調査が客観的なものとは考えられない。しかし、調査は影響を与えるだろう。すなわち、この調査によって原子力利用は議論の対象となる。これから20年ぐらいは議論が続くかもしれないが、この調査はベトナムの「原子力の未来」への最初の一歩であったと考えられるようになるかもしれない。
政府関係者は最近、15〜25億ドルでの600〜1000MWの原発開発について議論した。ハノイのセミナーでは、原子力研究所の関係者が、2020年までに4、5000MWの原発が稼動することを期待していると語っている。原子力発電を取り巻く犠牲と不確実性を考えれば、原発建設の決定は長期的なものであり、軽々しく考えるべきではない。驚くべきことに、原発建設はベトナムにとって感情的な決定である。原発の是非をめぐるやたらと多くの議論は、「周辺国へのねたみ」が基調にあるようだ。北朝鮮に原発開発が可能なら、私たちにできないことがあろうか? 議論はこの調子だ。北朝鮮が見習うべき輝かしい例として持ち上げられていた時代を覚えている人にご褒美をあげよう。今でもこの議論があるのだ。
プライドを別にしても、原子力という選択肢を発展させるのは、実際的な障害なしにはいかない。まず、誰が発電所のスタッフになるのか。原発というアイデアの最も熱心な支持者の一つは、ダラットにある原子力研究所である。この研究所はソビエト連邦の崩壊以来、厳しい状況におかれている。昔の中央計画の時代、ベトナムの最も優秀な頭脳は、核物理学を学びにソビエト連邦に送られた。こうした才能あり訓練された博士号を持つ核物理学者たちは、原子力発電所を歓迎することだろう。彼らは、可能であればいつでも、原発開発についての議論を政府と共に推進してきた。これは問題の1つに過ぎない。(20年かそこらの後)原子力発電所が稼動するまでに、ダラットの全ての優秀な研究者はとっくに退職しているだろう。
原子力発電所の建設可能性があるサイト
ビン・ハイ(ビン・トゥアン省)
ホア・タン(ビン・トゥアン省)
ホン・ロム(ビン・トゥアン省)
ホン・ラ(クアン・ビン省)
フック・ディン(ニン・トゥアン省)
ホア・タン(フ・イエン省)