ホーム > 資料・出版物 > メールニュース > 昆明上水道事業 > 雲南最大の住民立ち退き
過日お伝えしました中国雲南省の昆明上水道事業についてです。
この事業には日本のJBICが200億円余りのODAを融資しています。JBICの融資事業と不可分のものとして雲龍ダムが建設中で、それによる住民立ち退きは雲南省最大規模となっています。
以下は、この住民移転に関する現地の新聞記事です。中国の新聞ですので、相当宣伝調ですが、よく読むと、相当無理のある立ち退きだったことが読み取れると思います。
メコン・ウォッチで雲南を担当している大澤香織の翻訳と解説です。
*********以下、大澤報告+翻訳記事***********
昆明上水道整備事業について、今回は住民移転に関する記事をお送りします。1本目は、この事業に伴う住民移転作業が、昨年末をもってすべて終了したというニュースです。全部で1万1700人もの住民移転が行われたと記されています。
2本目には実際の少数民族の移転の様子が描かれています。中国では住民移転の際、地方政府軍によって移転作業が進められるのが通例ですが、記事からも軍による移転作業が行われ、一部では住民の抵抗があったことなど、無理のある移転事業だったという事実が窺い知れます。
3本目は新たな移転地での住民生活の様子です。もともと農業を生業としてきた人々が、新たな土地で耕作を行ってもなかなか上手くいかない現状や、出稼ぎにいかざるをえない村の状況などが分かります。
なお雲南ではこの事業は掌鳩(Zhangjiu)河導水事業と呼ばれています。
テン池晨報 2002年12月24日
先日、掌鳩(Zhangjiu)河導水事業第3期移転事業によって6つの村民グループ、377戸、1285人が成功裏に移転を終え、3年に及ぶ掌鳩河住民移転事業に円満に区切りをつけた。
掌鳩河導水事業は、我が省の建設事業のうち移転住民の数が最も多く、かつ規模も最大のプロジェクトのうちの一つで、移転した住民の数は合計1万1700人余りにのぼる。前2回の住民移転事業ではおよそ1万人の住民が移転し、それぞれ安寧(Anning)、官渡(Guandu)、西山(Xishan)、嵩明(Songming)などの地域に移り住んだ。住民はそれぞれ禄勧(Luquan)の2つの郷鎮、8つの村委員会、91の村落から移り住んできた。第3期の移民1285人は、一部が禄勧の親戚や友人を頼り、その他の大部分は安寧に定住した。
新華社昆明 2003年1月17日
新年が始まり、昆明の官渡、西山、安寧、嵩明などへ新たに移り住んだ7000人余りのイ族、ミャオ族は、兵士達が引越しを手伝ってくれたことに対して、歌や踊りで感謝の意を表した。
昆明市が建設を行っている掌鳩河飲料水事業後、移転した住民の数は1万人以上にのぼった。共産党雲南省委員会、省政府と省軍区はこの巨大な任務をすべて禄勧イ族ミャオ族自治県人民武装部に任せた。人民武装部が命令を受け取った後、直ちに張兆熙(Zhang Zhaoxi)長官により紅河(Honghe)、玉溪(Yuxi)、曲靖(Quqing)、昆明など五ヶ所の(州、市)組織から、人員と車輌が派遣された。
引越し作業は多くの荷物を運搬する必要があり、費用は限られている上、荷造りの時間がかかることから、車輌の運転手は引き受けるのを渋った。しかし官兵たちは我慢強く運転手に対して西部大開発の意義を説明し、解放軍が人々の利益のために行っているのだということを説明、最後には彼らを感動させ、規定時間内に4つの車輌で大隊を輸送することができた。
現地には”金の家も銀の家も、草の我が家にはかなわない”という諺がある。一部の住民が故郷の土地を離れるのを嫌がり、移転に困難をもたらした。人民武装部の幹部は再び民兵を率いて、一生懸命に任務にあたった。彼らは一軒一軒を訪ねて移転政策について説明した。同時に、人武部は人々に穀物5000kg余り、衣服や布団など300件余り、4000元余りの医薬品を寄付した。こうしたきめの細かい仕事によって、人々の移転に対する憂慮はなくなり、楽しげに移転が行われた。
昆明市の記録には以下のように記されている。『禄勧県人民武装部は、4つの輸送大隊を率いて、住民7200人余り、車輌3022台余りを輸送し、16262軒の家屋を取り壊した。運搬、輸送、護送した各種の物資は40万トン余り、家畜3212頭にのぼり、2084戸もの移民の引っ越しを可能にせしめ、安全に移転、かつ安心して住めることを保証した。』
雲南日報 2003月4月17日
2年前倒して完了した掌鳩河事業による1万1000人余りの住民移転後、住民たちは新しい村での生活をどのように送っているのだろうか。春の日差しうららかな三月のある日、我々は再び住民たちの新しい村を訪れた。
乗用車で国道213号線から幅の広い道路に入り、沿道の鮮やかな桜を通り過ぎると、官渡(Guandu)区大板橋(Dabanqiao)鎮雲橋(Yunqiao)新村の新しい家々が我々の目に飛び込んできた。村委員会の事務室を訪れると、村長は私たちに住民たちは新しい環境にも慣れ、産業構造を調整し、生産を伸ばし、「豊かになる」という目標を実現した、と説明してくれた。
ここへ越して来た1年目、住民達はそれまでのやり方を続けていきたいと考え636畝(訳者注:約42 ha)のタバコを植えた。しかし、結果は土壌の質が悪かった上、技術的な問題もあり全てだめになってしまった。2年目には彼らは1000畝(約67ha)の土地にトウモロコシを植えた。トウモロコシは豊作だったが価格が低迷し、結果的に生産は増えたものの収入は増えなかった。3年目である今年初めには、官渡区科学委員会の指導の下、雲橋村は水利と土地の優位を利用して市場にねらいを定め、無公害野菜の生産をはじめた。
彼らは昆明双龍(Shuanglong)農工商連合会社と870畝(約58ha)の土地借用契約を結び、会社が土地の経営と市場での売買に対して責任を負っているため、住民たちは自らの土地で会社のために働き、残りの300畝(約27ha)の土地に関して契約を交わし栽培を行った。村長は指折り勘定をはじめた。「野菜は1年で3回収穫することができる。最低保護価格から計算すると、1畝(約6.67a)に白菜を1年間植えると3600元の収入になる。1年の野菜の収入がトウモロコシ5年分の収入と等しい。とても合理的だ。」目下、住民たちは土地に肥料をやるのに忙しく、季節になるのを待って白菜を植える。
雲橋新村を離れ、我々は次に安寧(Anning)市鳴矣河(Miaoyihe)郷龍和(Longhe)移転新村を訪れた。ここは昆明市内から50km余りしか離れておらず、周囲には昆明鉄鋼など多くの企業があり、商業や貿易などサービス業が盛んである。移転住民らはやっと落ちついてきたばかりであり、地域の指導者は一軒一軒家をまわって住民に地域の状況を説明し、彼らがこの地域の優位を利用して商業や貿易などサービス業を始めるのを指導している。
目下、龍和村は農業車4台、自動車8台、オートバイ18台を所有しており、それぞれ農業生産や交通運輸に使用されている。別の地域で出稼ぎをしている住民の数は47人、酒の醸造を行っているのが1戸、穀物加工を行っているのが8戸、別の地域で商品経営に携わっているのは16戸である。町には移転住民たちが開いた小さな市場や、ギャラリー、羊肉館、アルミ合金の小売店などがある。
私たちの計画では本来、いくつかの農家に訪問するはずだった。しかし働き手の姿はなく、いるのはただ老人と子供ばかりだった。村長によると、移転した住民たちは他の地域で仕事をしているか農作業に出ているかで、昼間は人を探すのが難しい、とのことだ。
運よく、村の入り口付近でオートバイに乗ったアルミ合金加工小売店の女主人に出会った。彼女もまた禄勧(Luquan)から越して来た移転住民であり、移住後、村の住民たち皆が故郷から持ってきた蓄えを出し合ってマンションを建て、新居とした。彼女は非常にやり手だったので、機転を利かせ、すぐに金属店を始めた。一家は町で商売を始め、アルミ合金加工に従事することになった。村の女主人はこのとき才能を遺憾なく発揮した。
先日、彼らは村のはずれの20畝(約1.3ha)ほどの牛馬場を買い取り、現在、養殖業を始める準備をしている。先ほどの女主人は養殖場を建設するのにとても忙しいようだ。
インタビューのなかで、私たちは、移民たちが引越しのチャンスを掴み、自然環境と地区の特性を生かして組み合わせ、その地方政府の指導のもと産業構造の調整を行い、積極的に豊かになる道を探っているという印象を受けた。掌鳩河導水プロジェクトは1万1000人余りの移転住民に対して、基本的には「引っ越せる、留まれる、歓迎を受ける、豊かになる」という目標を実現し、この春、彼らは希望の種を蒔くのに忙しい。次の収穫の季節にはさらに喜ばしい場面が見られるだろうと信じている。