ホーム > 資料・出版物 > メールニュース > ラオス・ナムトゥン2ダム>ナムトゥン2ダム融資から一年 - (1)遅れる社会・環境影響への対応
一年前の2005年3月31日、世界銀行はラオスのナムトゥン2水力発電プロジェクトへの支援を決定し、その4日後には、アジア開発銀行も融資を決めました。それぞれ、日本が第二、第一の出資国となっている国際開発金融機関です。
豊かな生態系が残るナカイ高原の450平方キロを水没させ、約6200人の移転住民を含む十数万人の生計を大きく変えるこの巨大ダム事業に対して、社会・環境・経済面での大きなリスクが指摘されていました。しかし、そうした国際的な市民社会からの懸念が全く払拭されない中での世界銀行・アジア開発銀行の融資決定でした。
あれから一年。現地の住民生活やプロジェクトを取り巻く状況がどのように変化してきたのか、これから数回にわたってお伝えします。
2006年3月31日
メコン・ウォッチ 東 智美
ダムサイト上流のナムトゥン川の光景。
ダムが完成すれば、この光景は一変する。
融資決定後の2005年6月頃から、ナムトゥン2ダムの建設工事が本格化し、事業者であるナムトゥン2電力会社(NTPC)のウェブサイトによれば、2006年3月現在で全体の10%程度の建設工事が完了している。2006年3月4日には、ナムトゥン川から水路への転流が成功したことを祝う式典が開かれるなど、事業の「順調な」進展が強調されている。
その一方で、社会・環境影響への対応には、早くも遅れが目立っている。国際河川ネットワーク(IRN)によれば、ナカイ高原の絶滅危惧種に対する野生動物管理計画や詳細な移転計画など、主要な文書の多くがまだ完成していない。また、水没地での伐採が行われれば、村人は重要な現金収入源となっている非木材林産物を採れなくなり、絶滅が危惧される野生生物が影響を受けることになるが、伐採に対するはっきりとした管理計画もまだ完成していないという。さらに、予定されていた移転地が上流の水質汚染のため使えないことが分かり、まだ移転先が決まっていない村もある。モニタリング体制の不十分さなど、融資決定後1年目にして、社会・環境配慮策の実施の遅れが目立っている。
そのなかで、水没予定地の村人の懸念が現実のものとなりつつある。以下、私が2005年11月14・15日、水没予定地を訪問した報告である。
2005年11月、カンムアン県にあるナムトゥン2ダムの移転予定村4村と移転のパイロット村を訪問した。
移転予定村の一つ、ソップヒア村は、村の中央を通る道路はダムの建設現場に通じているため、「毎日、車が通るので埃が多い」 と工事車両による粉塵の被害を訴える村人もいた。移転後には水田が用意される計画で、村長は「移転後は今よりもいい土地で農業ができる」と期待を語った。しかし、村人の一人は、「ここには大きなナムトゥン川があるが、移転先のナムピット川は小さな川なので、農業に十分な水が確保できるだろうか」と移転後の生活への不安も口にしていた。
移転予定村の一つ、ソップオン村。移転先には水田はなく、
水牛放牧地が確保さ
れるかどうかも未確定である。
ナカイ高原では、水牛の飼育が盛んに行われている。近々移転が予定されているソップオン村でもほとんどの世帯が3〜20頭の水牛を飼っているという。村人は移転先に水牛を連れて行くつもりだと話すが、放牧地は確保されているのかと質問したところ、村人からは「分からない」との答えが返ってきた。NTPCに確認しても、移転先の水牛の放牧地については明確な答えが返ってこなかった。ソップオン村で話を聞いた20代半ばの女性は、移転先には水田がないので、NTPCの技術研修を受けて野菜を栽培し、現金収入を得て米を買うことになるだろうと語った。
これまで水田と畜産、それに林産資源で生計を立ててきた村人たちは、移転先で、劇的な生業の転換を迫られることになる。移転住民は年間を通して、米を市場から買わなければならなくなるだろう。村人は、NTPCからの生活支援を期待する一方で、移転村で生活していけるのか、不安を感じている村人もいる。
実際に、2002〜03年にナムトゥン2ダムの移転計画のパイロット村として作られたノンブア村では、こうした懸念が現実のものとなっていた。
ノンブア村。移転計画のパイロット村として、2002〜
2003年に
移転が行われた。
移転住民の生計手段と
なっている
商品作物の価格が暴落するなど、早くも
問題が
生じている。
ノンブア村では、NTPCの指導で、キャベツなどの換金作物を作って、市場で売っているが、50代の女性に話を聞いたところ、移転してきた2003年から2005年の間に、キャベツの価格が3分の1まで落ちてしまったという。彼女は、移転の際に連れてきた水牛を売り、生活のための米を手に入れている。価格暴落の理由は、他にもキャベツを作る人が増えたからだ。今後、他の村の移転が行われ、野菜を栽培するようになれば、さらに値崩れが起こる可能性が懸念される。NTPCの職員にこの疑問をぶつけてみたところ、「キャベツ以外にもいろいろな種類の野菜の栽培をトレーニングしている。NTPCはマーケティングもサポートするので、問題ない」という答えが返ってきた。しかし、先ほどの女性の事例のようにパイロット・プロジェクトの問題すら解決できていないのであれば、「問題ない」と語るNTPCの説明には全く説得力がない。
また、今はナカイ郡の中心部はナムトゥン2ダムの工事関係者で賑わっているが、プロジェクトが終了して、街が落ち着きを取り戻せば、当然、ナカイの農産物のマーケットは小さくなる。その頃には、現在は企業側が負担している水道料金や電気料金も村人の自己負担になることも予想される。そうなれば、移転住民たちの生活がさらに困窮することは、容易に想像できるだろう。
融資決定前から多くのNGOが指摘してきた水田や水牛放牧地の不足、商品作物のマーケットの小ささなど、移転住民にとって最も重要な問題は積み残され、対応策は不明確なまま、工事が進行している。ダムの操業開始は2009年末を予定しているが、これに遅れればNTPCは買い手のタイ発電公社にペナルティーを支払わなければならなくなるため、社会・環境面での問題が起きてきても、対応が後回しにされる可能性は高い。
世界銀行やアジア開発銀行は、「ラオスの人々の貧困削減」を掲げて、ナムトゥン2ダムへの支援を決定した。しかし、その決定から1年、ナムトゥン2ダムが新たな「貧困」を作り出すのではないかという我々の懸念は、NTPCや世界銀行が自信を持ってアピールした一連の社会・環境配慮計画の実施によって軽減されるどころか、ますます強いものになっている。