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メコン河開発メールニュース2008年7月29日
2008年7月15日、タイ政府は閣議でラオスからの導水計画を予算を承認しました。
総事業費は767億バーツ(現在のレートで約2,450億円)、日本がラオスに援助して建設したナムグムダムの下流から取水し、メコン河下にパイプラインを敷設しタイに水を運ぶという壮大な計画です。このような構想は実は新しいものではないのですが、タクシン政権の崩壊によってストップしていました。
貧困対策であれば、農民が求める水田稲作を推進すべきでしょうが、この事業からの水は高価で、既存の調査の中でも「稲作では割に合わないのでバイオ燃料となる作物の栽培を」と提言されているといいます。東北タイを訪れると、乾季の稲作は水代(水田に水を入れるポンプの電気代なども含む)と肥料の使用量が増えるため採算に合わないと判断した農民が灌漑用水を利用しない事例が多い、という話もよく耳にします。更に、同地域の塩害は深刻な上、公共事業に伴う土地収用で政府と住民の対立も頻発しています。情報公開・住民参加のない巨大プロジェクトの推進は、大きな混乱の火種になる可能性があります。
以下に、この事業に懸念を表明しているタイのNGO、TERRAのモントリーさんが日刊プーヂャッカーン(マネージャー)紙に投稿した記事をご紹介します。
マネージャー紙(タイ語)
2008年7月18日
モントリー・チャンタウォン(TERRA)投稿
「水資源と灌漑の発展と運用委員会」の決議に従い、内閣は最終的に天然資源環境省の「ナムグム・ファイルアン・ラムパオ導水計画」に基本的に合意した。事業許可のため、閣議に承認を求められた予算は767億6千万バーツで、事業期間は2009-2013年である。
内閣が基本合意をした「ナムグム・ファイルアン・ラムパオ導水計画」は、ラオス人民民主共和国(以下、ラオス)のナムグムダムの下流で取水し17kmの運河とメコン河の下を通るトンネルを通り、ウドンタニ県のファイルアン貯水池とノンハーン沼、クムパワピーまで導水する。
フェーズ1では、国内のファイルアン・ノンハーン・クムパワピーで4年、フェーズ2でナムグム・メコン河パイプライン・ファイルアン部分を4年かけて建設する。総水量は25億8千立方メートル、灌漑面積は320万ライ(51.2万ha)[訳注1]となる。
ラオスのナムグムからの導水計画を急速に推し進める動きは、サマック・スンタラウェート首相が就任直後から自ら出演するテレビ番組「ソンタナープラサー・サマック」で、度々推進を口にしていたことから見て取れた。
このような拙速な動きは、ガバナンスや事業実施の透明性に関する疑問を引き起こしている。なぜなら、公に情報は明らかにされるべきで、直接の影響住民の参加も確保されなくてはならないのに未だに情報は公開されていないのだ。 過去に多大な環境影響を与えたコン・チー・ムン導水計画[訳注2]などの失敗した事業があるにも関わらず、今も東北タイの人々を騙そうとする動きは無くならない。
何百億バーツにもなる導水計画は、ほとんど全ての政権が実現を目指してきた。幾世代にもわたる多くの政治家たちは、東北タイの人々の関心を引くために、導水計画を利用した。1991年のコン・チー・ムン導水計画、2003年の全国送水網[訳注3]、2003年の貧困削減のための水計画、1997-1999年のパイプライン式灌漑計画などがそれにあたる。
しかし、多くの事業が失敗に終わっている。事業を推進する際に言われた便益は、一度も実現したことはない。それどころか、多くの環境問題を発生させている。たとえば、コン・チー・ムン導水計画による塩害の発生がそうだ。この問題は今日も解決されていない。また、パイプライン灌漑の10のパイロット事業では、効率が上がらなかった。2003年の会計監査院の調べで発覚したが、未 だにその失敗の責任は明らかとなっていない。
灌漑面積、導水経路、重力灌漑なのかポンプアップか、農民が支払わなければならない「水使用料」は、広大な面積となる影響地のコミュニティや環境への影響は、といった数々の重要なデータを未だに公に明らかにしないまま、現政権は今700億バーツというナムグム導水を進めようとしている。
事業の費用便益と農民の水使用料(これは首相が一度も口にしていない)も疑わしい。事業の初期調査では、事業対象地の高台はサトウキビやタピオカなどバイオ燃料の原料作物を310万ライ植えるとしている。残りは10万ライである。理由は、事業の費用が高いため、水田稲作よりもバイオ燃料の生産の方が採算にあうというのだ。しかし、水使用料(事業の採算ライン)は1立方メートル当たり2.41バーツ(ラオスからの購買費用は含まず)である。また、水を農地に汲み上げるために0.4683バーツ/立法メートル(2005年時)の電気代を別途支払う。これはまだFt [訳注4]と付加価値税を含んでいない。
そのため、事業地の農民は1立方メートルあたり3バーツの水代を負担しなければならない(これはほとんどの農民にとって非常に高価である)。報告によると、もし事業地の農民がバイオ燃料作物を栽培すれば、1ライあたり6,368バーツの収入増につながるという。しかし、この調査は即席で行われたものであり、まだバイオ燃料作物に将来性があるのかどうか誰にも分らないのだ。
コミュニティと環境への影響は、巨大な灌漑網が作られるため明らかだ(幅は50-80mある)。5本の基幹灌漑路は、11,256.76ライの農地を収用する(これには基幹に繋がる75の送水網整備は含まれない)
それだけではなく、水路は4,231.59ライの保全林を通る。これには1A[訳注5]の水源地が950ライ含まれている。そして320万ライの灌漑地は、サコンナコン県、ウドンタニ県、コンケン県、ノンブアランプー県、ガラシン県を含む(コン・チー・ムン計画とは重ならない)が、この地域も塩害のリスクがあるのだ。
調査報告は、基幹水路だけでなく、320万ライの事業地すべてで環境アセスを行うよう提言している。事業を進める前に、さまざまな影響調査を事業地すべてで行い、かつ、1992年の環境保全促進法に従い環境アセスメント報告書を作成しなくてはならない。また、2007年憲法67条にあるように、環境とコミュニティで生活する市民の健康への影響も調査し、事前に市民と関係者からの意見聴取も行わなくてはならない。
政府が、住民参加なく十分な影響調査も行わずにナムグム導水を拙速に推し進めれば、この事業が他の失敗事業と同様になるのではという懸念を呼ぶのは当然だろう。私たちは十分な失敗経験を持っている。また、タイ社会も同じような失敗と引き換えにして、東北タイの人々が同じ傷を受けるのに何百万バーツという国家予算が消えてしまうのを見たくはないだろう。
[訳注]
[1] ライ:タイの土地の単位。1ライ=0.16ha
[2] コン・チー・ムン導水計画:タイ政府は、東北タイの貧困の原因を水不足と考え、大規模な灌漑を推し進めてきた。その代表格がコン・チー・ムン導水計画である。1989年に政府が決定した計画では、42年間、90億ドル以上をかけて、東北タイの498万ライ(79万6000ha)を3つのフェーズで灌漑するというものだ。第1フェーズが既存のランパオ・ダム灌漑システムの改善を含む17のダム建設、第2フェーズが新たな灌漑システムの建設、第3フェーズがメコン河本流(ビエンチャンから20キロ上流)にダムを建設して導水するものだった。この事業で建設されたラーシーサライダムは、深刻な塩害と環境破壊を広範にもたらし、住民による大規模な補償要求とダム反対運動が起こった。コン・チー・ムン導水計画で唯一稼働している灌漑システムは、ナコンラチャシマ県のチュンプアン・ダム。灌漑面積は200ライ(32ha)。政府は農民に灌漑利用の拡大を呼びかけているが、水使用代、ポンプ電気代、乾季作のための化学肥料代、塩害などが障害になっている。
[3] 全国送水網(National water grid system):タイ国内や近隣諸国(ラオスとビルマ)にダム貯水池を建設し、そこから長大な導水管を通して、東北タイの高原地帯に灌漑用水を供給する計画。
[4] Ft:燃料費、電力購入費、為替変動などを元に計算され電気料金に加算する燃料調整費で、利用者から徴収される。4か月毎に見直される。
[5] 1A:タイの土地森林区分の等級
(文責・翻訳 木口由香/メコン・ウォッチ)