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中国本流ダム>ベトナムの危機感

メコン河開発メールニュース2009年8月7日

2009年7月21日、メコン河本流、中国雲南省に建設中の小湾ダムで、土砂崩れのため14名が死亡・行方不明になっているという報道がありました。犠牲者は現場で労働者として働いていた地元農民のようです。このダムに対し、下流のベトナムは特別な関心を払っているようです。5月から6月にかけ、内外のベトナム語メディアが相次いで同ダムがベトナム領メコンデルタに及ぼす危険について下記のような報道を行いました。

トゥオイチェー(Bao Tuoi Tre, ホーチミン市共産青年団機関紙)オンライン
「小湾ダムがメコンデルタを脅かす」(2009/05/27)

http://www.tuoitre.com.vn/Tianyon/Index.aspx?ArticleID=318355&ChannelID=17

ラジオ・フリーアジア(アメリカ合衆国政治宣伝放送)オンライン
「小湾ダムがメコンデルタを脅かす」(2009/06/08)

http://www.rfa.org/vietnamese/programs/ScienceAndEnvironment/Xiaowan-dams-will-kill-mekong-river-downstreams-06082009155316.html

両者はいずれも国連環境計画アジア太平洋地域事務所(ROAP-UNEP)とアジア工科大学(AIT)の共著「Freshwater under Threat -South East Asia」(ROAP-UNEPプレスリリース2009/05/21)の内容を受けて、懸念を表明したものと考えられます。
http://www.roap.unep.org/press/NR09-07.html

このような状況の中で、ベトナムの公安省系メディア「アンニン・テゾイ紙」(週2回刊)が、日本の「Japan Focus」や米国「Time」掲載記事を参照し、中国のメコン上流開発を批判する長文記事を掲載しています。アンニン・テゾイ紙記事の内容は必ずしもベトナム政府の方針を反映するものではありませんが、公安局をはじめとする当局職員の関心を反映することが多いとみられています。一方で、長文記事が批判する中国メコン上流ダムの下流への脅威は、ベトナムが実施しているメコン支流ダムのカンボジアへの被害と通じるものです。今後、ブオンクオプダムなどのメコン支流上流ダムやカンボジアからの被害申し立てへ、ベトナム政府が同様の関心を払うことが期待されるところです。

以下、一部の報道を翻訳しました。

アンニン・テゾイ紙(世界安寧報)2009/6/6, pp.18-19
「メコン河は涸渇する?」

マイン・キム(孟金)記者

2009年5月27日、ラオス・ヴィエンチャンで行われたメコン河委員会(MRC)会合において、メコン河における水力発電ダム建設各事業を慎重に見直すことが改めて強調された。タイ・バンコクに本部を置く環境保護団体TERRAのWitoonPermpongsachareonさんは「これらのダムはメコン河及びその環境保護の最大の脅威である。1つのダムを建設することは身体上の1つの動脈に血栓をするのに等しい。血液が流れなくなれば当然身体もまた損傷を受ける。メコン河は今一つどころか大量の栓がされつつあり、下流はますます浅くなっている」と主張する。

メコンの動脈を止める大量の血栓

中国領メコン上流において急速に進められているダム建設は下流地域に深刻な影響を及ぼし、この数年来の緊急の課題である。メコン下流諸国の世論の反対にもかかわらず、中国は自国の利益のため(電力需要を満たすため)「堰き止め作戦」をむしろ加速させている。2009年5月11日、国際連合は中国がメコン河の将来にとって最も深刻な脅威となっていることを認めた。中国・雲南省を流れるメコン 河上流(中国における呼称は瀾滄江)の8つのダムの中でも、小湾ダムは堤高が世界最高であり(292メートル)、その総容積はインドシナのすべてのダムを合わせたものに等しく、メコン下流における極度の環境破壊をじわじわと引き起こしている。「雲南の峻険な山々を回流するメコン上流における「ダム8箇所からなる水階段の建設」という中国の極めて野心的な計画は、同河川における唯一最大の脅威である」と国際連合報告書は記述する。報告書は中国発の「狂気のような」ダム建設ブームがもたらす影響を「川の流れの変化、水潮時間の変化、水源における水質悪化と生物多様性の喪失」であると記述する。周知のように、メコン河は中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムを貫流する国際河川であり、本支流域面積は795,000平方キロメートルに及ぶ、流域住民6,500万人の水瓶である。中国は85,000以上のダム(現在も更に建設中)を持つ世界第一の水力発電国家を自負する(1949年の解放前には22のダムしかなかった)。堤高世界最高、容積世界最大、発電能力世界最大のダムはいずれも中国にある。このようなダム大国ではあるが、堰き止める対象となる淡水量は全く足りない。中国の人口は世界第1位であり、世界人口の5分の1を擁する人口大国であるが、中国の淡水量は世界第15位にとどまる。その上、7つの主要河川中5つが極度の水質汚染にさらされ、3億人が清潔な生活用水を享受できない状態にある。
メコン下流に対し顕現する脅威は第1期工事が完成したばかりの「恐竜ダム」こと小湾ダムである。完成時(2013年に予定されている一斉運用開始時)、小湾ダムは水面面積190平方キロメートル、容積15ビリオン立方メートルの巨大ダム湖を形成する。あまり知られていないが、小湾ダム建設工事受注企業である華能国際電力控股有限公司(中国国内の多数のダム建設工事受注実績を持つ)の代表は元首相李鵬氏の息子―李小鵬氏である。小湾ダムによるメコン河への粗暴な干渉はカンボジア、ラオス、タイ、ベトナムのメコン水系住民2500万人に影響を及ぼす。内外の環境学界は、小湾ダムは最悪の場合インドシナ全域の住民生活に対する破壊者になると警告する。カンボジア漁民の漁獲高は確実に減る。中国・雲南から来る肥沃な浮沙(沖積土)を堰き止められたベトナム農民はより多くの化学肥料を使わざるを得なくなる。タイのメコン河岸住民は水不足と河岸侵食に直面する。それらの影響は全て「河川の生態バランスを完全に崩す」。IRN(現在はInternational Rivers と改名)のAviva Imhofさんは「メコン下流の住民はたんぱく質摂取量の80%をメコン河の漁業資源に依存している。もし小湾ダムの影響が我々が予測するとおりの最悪のものである場合、我々は当該地域における栄養条件潜在性の「崩壊」を目の前で見ることになる」と懸念する。乾季には、メコン上流は河川容積の60パーセントを占める。もしここで断水が起これば、下流では確実に水不足が発生する。一方、雨季には小湾ダムからの予告のない放流水がパニック的な洪水災害を引き起こす。

メコンの涙

強調すべきは、上述の事態はすでに仮説でも仮定でもないことである。メコン下流ではすでに水不足やパニック的洪水が発生している。『Japan Focus』誌に掲載された論文の中で、2人の著者Geoffrey GunnとBrian McCartanは、水源上流における粗暴な水利用が引き起こした、この一世紀間で最悪の「異常な洪水」被害について、様々な証拠を提出した。2008年のパニック的洪水(最高水位13メートル)はタイにおいて2億2千万バーツ(648万ドル)の被害を、ラオスにおいて1000億キップ(1160万ドル)の被害を出した。2004年には、1995年にメコン河委員会(MRC)を創設したベトナム、カンボジア、タイ、ラオスが共同でメコン上流ダムに関する情報提供を中国に要求したが、中国から回答は無かった。2004年3月末、メコン河委員会は、2003年にメコン水系全域16地点で観測した流量急減に関するデータを公開した。下流諸国の権利に配慮しない上流の粗暴な開発に対する反発は、すでに幾度も憤怒の嵐を巻き起こしている。2008年11月12日と13日にバンコクで開かれたメコン河パブリックフォーラムにおいて、東北タイ・ウボンラチャタニ県から出席したSompong Viengchanさんは「私は決して諦めない。 私は最後まで戦う。我々の家族は代々この水系で生きてきた。この河を堰き止めるなら、まず私の家を強制排除してから堰き止めるがよい」と訴えた。「我々は代々この河で漁業で身を立ててきたが、今では自家消費用の魚すら満足に取れない」。Sompongさんは、この20年来、メコンの支流ムン川でのダム反対運動の象徴的人物となっている。
この数十年、中国がダム建設ブームという「神のお告げ」を受けて以来、下流住民の苦しみは筆舌に尽くしがたい。『タイム(Time)』誌に掲載されたハンナ・ビーチ(Hannah Beach)はいう。「網を張っても魚は取れない。今日も、昨日も、一昨日もそうだった。Bun Neangさんの家族はメコン河が潤すトンレサップ湖の恵みで生計を立ててきた。20年前、Bun Neangさんの父親は大きな魚ばかり毎日30キログラム以上もとっていた。今では、Chong Koh村に近い湖最深部で我慢強く網をかけ続けても小魚が2キログラム取れるかどうかだ。原因は乱獲ではない。 トンレサップ湖から魚が激減しているのだ。理由は中国のダムだとBun Neangは断言する。かつて世界の淡水魚漁獲量の17パーセントを占めたメコン河で水産資源が払底している」。NGO「東南アジア流域ネットワーク」は、タイ・ラオス国境間の漁獲量は中国が建設するダムによって半減したという。メコン下流のデルタ住民も、「異常で」「予測不可能な」氾濫や、それが伴う塩害の発生、沖積土の消失に対し悲鳴を上げ始めた。International Riversの環境コンサルタント―カール・ミドルトン(Carl Middleton)氏は「中国に言及しないで今のメコン河を説明することは出来ない」という。「社会経済及び環境に関して発生している問題のほとんどが、中国の開発とリンクしている」からだ。

因果応報

言い添えておかなければ成らないのは、中国の電力不足への対応のためのダム建設は、すでに中国自身に対し危機を引き起こしていることである。2008年5月の四川大震災の後、中国国家改革発展委員会は、国内5省391箇所のダムが地震による倒壊の「危機的状態」にあることを明らかにした。実際には、中国はすでに倒壊の惨事を経験している。湖南省駐馬店地域の62のダムのうちの一つである板橋 (Banqiao)ダムの決壊がそれである。1950年代に作られた板橋ダムは、亀裂発見後に旧ソ連の技術者たちが徹底的に修理し、「絶対に決壊しない鉄壁ダム」と命名されたが、1975年のラニーニャ現象の際に、上流のより小さな石漫灘(Shimantan)ダムが決壊し、その水が押し寄せたために決壊して、水位6メートル、時速50キロメートルの山津波を引き起した。板橋ダムの決壊はその下流のダム60箇所すべてを連鎖的に決壊させ、20万人の死者を出した。その3分の1はダム連鎖決壊による事故死者であり、3分の2は避難後の病死者である。交通は完全に麻痺し、住民は孤立した状態の中で避難生活を余儀なくされた。損害は数千万ドルにのぼった。現在、国中にダムを作った中国は、国中にその決壊の危機を抱えているのである。
四川大地震の3年前、2005年7月12日付け『大紀元(Epoch Times)』 紙は中国水源機関の報告を引用して、30,000箇所のダムが危機状態にあり、400市、1億5000万人の住民を脅かしていると伝えた。同記事によれば、1954年から2003年までに倒壊した中国のダムの数は3,484箇所であり、平均して年間71箇所が決壊している。問題はダム決壊の危機だけではない。2007年4月初め、北京大学教授の盛傑 民(Sheng Jie-min)氏ら12人の研究者が温家宝首相に建議書を提出し、三峡ダムについて、2006年に同ダム建設のために重慶地域で長江旧流を堰き止めたことが原因で水不足を引き起こしており、更に深刻な水質悪化を引き起こすと警告した。同年重慶の水不足はこの100年来最悪のものであった。ダム建設は今や中国内部でも最も論争となる問題となっている。2004年に温家宝首相は雲南、ミャンマー、タイを貫流する国際河川サルウィン川(中国では怒江Nu-jiang)上流ダム13箇所の建設計画を中止させている。
メコン河もまた国際河川である以上、その開発に当たっては国際法を遵守する必要があり、少なくとも国際的な同意を得ておくことが最低限必要である。しかし、国際法遵守も国際合意の形成もこれまでに行われたことは無い。

 

*世界安寧報は元来ベトナム公安省の外局である人民公安力量建設総局の機関紙であったが、2008年の公安省新聞媒体統廃合により形式上は公安省機関紙「人民公安報」の増刊号(週2回発行)という扱いになった。編集部は現在でも人民公安報から独立しており、公安職員記者だけでなく民間契約記者も記事を書く。ベトナムの他の政府系新聞と同様に、政府機関の政治宣伝要素と商業報道要素の両方を併せ持つ、独立採算・利益重視の新聞媒体である。
**記者の筆名の「孟」は通字であって姓ではない。ベトナムの新聞記者はしばしば本名から姓を省略したものを筆名とする。
***Japan Focusは日本発のアジア太平洋地域に関するニュースや論文を英訳し発信している信頼度が高いとされるニュース・ウェブサイトであり、その代表編集者のMark SeldenとGavan McCormackは2008年に琉球新報社の池宮城秀意記念賞を受賞している。Geoffrey GunnとBrian McCartanによる記事は以下のURLを参照。
http://old.japanfocus.org/_G_Gunn__B_McCartan-Chinese_Dams_and_the_Great_Mekong_Floods_of_2008_

(文責・翻訳/新江利彦 京都大学助教・メコンウォッチ理事)

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