ホーム > 資料・出版物 > メールニュース > JICA環境ガイドライン > 新ガイドライン策定へ〜NGOの果たした役割と今後のODA
メコン河開発メールニュース2009年11月28日
国際協力機構(JICA)の新環境社会配慮ガイドラインのドラフトが、現在パブリック・コメントにかけられています。
http://www.jica.go.jp/environment/public_comment.html
環境社会配慮ガイドライン(以下ガイドライン)は、ODAにおける環境社会配慮を実現するため、JICAの責務と手続き、相手国等に求める要件を定めた重要な指針です。メコン・ウォッチは個々の事業における環境社会問題の改善に加え、これらの問題が繰り返されぬよう、ガイドライン策定や運用に関する提言活動を行ってきました。
以下、新環境ガイドラインの策定プロセスやポイントとともに、NGOの果たした役割についてお伝えします。
1.ガイドラインの改訂プロセスとNGOの役割
2008年10月1日、旧国際協力銀行(旧JBIC)の海外経済協力業務(円借款)、及び外務省の無償資金協力業務の一部が、国際協力機構(JICA)に承継されました。これにより、世界にも類をみない規模の二国間援助機関が誕生しました。これに伴い、環境社会配慮ガイドライン、および異議申立手続要綱についても、新しい援助スキームに一本化を進めるべく、2008年2月から、学識経験者、NGO、産業界、日本政府関係者から成る有識者委員会が設置され、公開の場での協議を重ねました。
ガイドライン改訂プロセスにおいて、メコン・ウォッチ等のNGOは、一貫して提言書の議論に貢献してきました。
円借款部門(旧JBIC)に対しては、2007年11月、FoE Japan、JACSES等のNGOと、ケース・スタディに基づき、@情報公開の範囲の拡大、A非自発的住民移転の社会配慮の強化、B環境社会配慮審査会の設置――等、16項目にわたる共同提言を提出しました。
http://www.foejapan.org/aid/jbic01/071127.html
また、2008年6月17日には、主として新しいJICAの業務フローを踏まえ、@事業展開計画(ローリング・プラン)(注1)の公開、A案件審査前の協力準備調査の公開、B意思決定・環境レビュー結果のL/A(融資契約)、G/A(贈与契約)などへの反映――等の提言を提出しました。
http://www.jica.go.jp/environment/guideline/pdf/document07_03.pdf
さらに、外務省に向けても、事業展開計画の公開、無償資金協力の交換公文の在り方に関する提言を行いました。
http://www.jica.go.jp/environment/guideline/pdf/document10_10.pdf
これらの提言をもとに、30回にも及ぶ委員会において、委員として、あるいはフロアから、議論に参加しました。
2.何が実現されたか
これらのうち、多くの重要な提言が実現しそうです。下記はその一例です。
1)情報公開の範囲の拡大
事業実施機関が現地で行う情報公開に加え、JICA自らが行う情報公開に関して、情報公開の範囲および内容が強化されました。
たとえば大規模住民移転を伴う事業については住民移転計画、先住民族に影響を及ぼす事業については先住民族計画が公開されることとなりました。
また、環境社会影響が大きいと考えられる事業(カテゴリA事業)については、JICAが実施する協力準備調査(注2)の報告書が、環境レビュー(注3)の前に公開されることになった点は、大きな成果でした。
協力準備調査は、環境影響評価や住民移転計画に関する補足調査などを含むこともあり、その報告書が環境レビュー前に公開されることにより、事業の環境社会影響に対する一般市民への説明が強化され、かつ多方面からのインプットが可能になります。
2)事業展開計画(ローリング・プラン)の公開
NGOグループは、ODAの透明性を高めていくため、JICAに対して、プロジェクト・サイクルの最上流に位置すると考えられる事業展開計画(ローリング・プラン)の公開を強く求めてきました。しかし、議論の過程で、事業展開計画の責任は一義的には外務省が負うことが明らかになったため、改めて外務省に対して公開を要請し、働きかけを行いました。
この要請は現在、一部しか実現されていません。下記の外務省のホームページにおいて、事業展開計画が順次公開されているものの、公開されている計画は、当初説明されていたようなロングリスト(要請候補事業)案件を含むような計画とはなっていません。
http://www.mofa.go.jp/Mofaj/gaiko/oda/seisaku/jigyou/index.html
この経緯は今後確認予定です。
3)生態系への配慮
今まで生態系への配慮は、事業が法律で定められた保護区内で実施または影響を与えるものであってはならないという規定しかありませんでした。
今回のドラフトでは、「プロジェクトは、重要な自然生息地または重要な森林の著しい転換または著しい劣化を伴うものであってはならない」とし、法定の保護区以外であっても、重要な自然生態系の破壊は禁止する規定となりました。
4)再取得価格による補償
非自発的住民移転を配慮するための手続きも強化されました。住民移転計画の策定、公開、住民協議に加え、今まで触れられていなかった補償に関する規定が追加され、「補償は、可能な限り再取得価格(注4)に基づき、事前に行われなければならない」とされました。
もっとも、NGOが当初提言していた、@完全な再取得価格による補償と、そのための市場価格調査の実施、A完全な再取得価格が当該国の法制度上保障されない場合は、それを確保するための追加的措置について合意文書等に盛り込むこと――については、盛り込まれるには至りませんでした。
3.環境社会配慮は実現するか
以上のように、環境社会配慮ガイドラインの内容は大幅に強化される見込みであり、かつ情報公開も進んできています。このことによって個々のODAの環境社会配慮の質は向上するのでしょうか。許容できないほどの環境社会被害をもたらす事業は、案件形成や環境レビューの際に厳しく精査され、日本のODAが供与されなくなるのでしょうか。
ガイドラインの存在や議論自体によって、JICA職員、コンサルタント等、ODAを推進する立場の関係者の意識が高まってきていることは確かだと思われます。
一方で、JICA職員一人が取り扱う事業額は、世銀をはるかに上回り、その業務量は事務的なものだけをとっても膨大なものとなっています。このことが、形式的に定められた手続きを守るのみならず、ガイドラインの要求する質の高い環境社会配慮基準を本質的に達成することを妨げ
いるのは事実でしょう。すなわち、質の高いガイドラインを運用するには、担当するJICA職員を増やすか、それができないのならば、ODAの全体量(額、数、環境影響の大きいカテゴリA案件の数など)を減少させるしかないのではないかと考えます。
量より質の時代に、ODAも岐路に立たされているのかもしれません。
今後、環境社会配慮ガイドラインの価値を活かすか殺すかは、運用するJICA、ODA全体の政策をつくる外務省、そして私たちNGOのモニタリング・提言活動如何ではないかと考えています。
(文責:満田夏花)
(注1)「事業展開計画」とは、当初ODA対象国について国別に作成し、準備段階にあるものも含めた個別のODA案件を、援助戦略と案件スケジュールとともに一覧できるよう取りまとめたものと説明されていました。現在公表されているのは、外務省のホームページによると「実施決定後」の案件となっています。
(注2)「協力準備調査」とは、案件形成段階で事業の実施可能性・妥当性・有効性・効率性等の確認を行うためにJICAが実施する調査のことで、旧JBICのSAPROF(案件形成促進調査)や開発調査の実施可能性調査などを含みます。このうち、SAPROFについては、現在まで非公開でした。
(注3)「環境レビュー」とは、協力事業に関する意思決定(協力の可否の決定)を行う前に、JICAによって実施される環境社会配慮面での確認をさします。
(注4)「再取得価格」とは、喪失した資産と等価の資産を再度入手するのにかかる費用のこと。例えば土地については、世銀OP4.12において、以下のように定義されています。
農地:「同等の生産性を持った近隣の土地の市場価格(事業前または移転前のどちらか高い方)+類似のレベルに整備するためのコスト+登録・受け渡しコスト」都市域:「同等のサイズ及び用途の土地で同様またはそれ以上の公共インフラ設備・サービスを有した近隣の土地の市場価格(事業前または移転前のどちらか高い方)+登録・受け渡しコスト」
※参考文献:フォーラムMekong Vol9No.4「世界最大の援助機関JICA 不安と期待」(2008.12.31発行)