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メコン河開発メールニュース2016年1月15日
昨年暮の12月25日、中華人民共和国(中国)が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)が発足しました。中国のほか、オーストラリア、英国、韓国、ドイツ、パキスタンなど17か国が設立協定(AOA)を批准し、批准国の総出資比率が50%を超えたことで、発足の条件を満たしたからです。[1]
AIIBは、今週末1月16日(日)、北京で設立総会を開き、18日までに総務会による総裁や理事の選出、理事会の招集などを行います。新華社の報道によると、16日には、習近平国家主席と李克強首相も出席して、開会の辞などを述べるようです。[2]
AIIBの資本規模は1,000億米ドル。当初の引受資本額が500億ドルで、2016年度の融資規模は20億ドル程度と云われています。パキスタン、インドネシア、フィリピンでの道路や発電所建設といった大規模インフラ事業が融資候補に取りざたされていますが、具体的な融資案件が決まるのは2016年中頃の模様です。
道路や発電所の建設は、自然環境や地元住民の生活を破壊しかねません。そのため、世界銀行やアジア開発銀行(ADB)といった既存の国際機関には、支援事業の環境社会影響を回避・緩和するための手続きや、被害を受けた住民が救済を求める申立て制度があります。ところが、AIIBの場合、そうした手続きや制度の整備が既存の国際機関の水準にすら達していません。
すでに多くのNGOがAIIBに対して、環境社会影響に対処する政策を強化するよう求めていますが、AIIBは市民との直接対話に前向きではありません。メコン・ウォッチでは、この件で各国のNGOと協働しつつ、メールニュースを通してAIIBをめぐる動きを伝えていければと思います。
以下では、AIIBについて基本な情報をまとめました。
1. AIIBとは?
AIIB(アジアインフラ投資銀行)は、2013年10月、中国の習近平主席と李克強首相が東南アジア歴訪の折に構想を明らかにした国際金融機関。運輸・交通や電力といった分野のインフラ整備に資金を提供することで、おもにアジア諸国の地域統合や経済発展を目指す。[3]
構想の公表後、アジア各国で首席交渉官会合(CNM)を重ね、2015年6月29日、北京に集まった創設メンバー(PFM)57か国のうち、韓国、インドネシア、インド、ロシア、キルギス共和国、イラン、ブラジル、オーストラリア、英国など東・東南・南・中央アジア、中東、南米、太平洋、欧州の50か国が設立協定(AOA)に署名した。12月29日、フィリピンの署名によって全57か国がAOAへの署名を終えている。[4]
米国や日本は、出資に透明性を欠く、融資先に課す基準が不十分といった理由で参加を見送っており、アルゼンチン、カナダ、メキシコなども創設メンバーに入っていない。北朝鮮、中華民国(台湾)、香港は参加を求めたが、現時点では認められていない。
AIIBの資本規模(capital stock)は1,000億米ドルで、当初の引受資本額(subscribed capital)は500億ドルの予定。中国が最大の出資国(出資比率30.34%)で、以下、インド(同8.52%)、ロシア(同6.66%)と続く。世界銀行やADBと同じく理事会での投票権は出資額に比例しており、上位三か国では、中国(26.06%)、インド(7.5%)、ロシア(5.92%)となっている。本部を北京に置き、初代総裁には金立群(Jin Liqun)元ADB副総裁の就任が内定している。[5]
2. 設立の背景
AIIBの設立には、中国内外を取りまく経済・政治上の事情が作用している。なかでも、アジアのインフラ整備に必要な資金需要(ADBによると、2010年〜2020年の十年間で8兆ドル)をよく耳にする。また、既存の国際金融体制が新興国の台頭に対応しきれておらず、中国がこのことにとりわけ不満を感じている点も取りざたされてきた。一方で、英国をはじめとする欧州諸国は、AIIBの創設・参加を通して、自国企業が事業を請負いやすくなることはもとより、中国市場への参入も狙っているようである。[6]
さらに大きく関係しているのが中国の国内事情である。まず、習近平政権は、欧州までを海路と陸路で結ぶ「一帯一路」(「新シルクロード構想」)を掲げており、AIIBが同構想を資金面で支える仕組みになっている。また、一帯一路構想の背景には、中国が過剰な国内生産設備や豊富な資金の活用先を海外に求めていることがある。実際、中国は、2009年頃から外需の拡大によって国内経済の鈍化を防ぐ戦略を考案していたようで、習近平体制になって実施に向けた勢いが加速したと言えよう。[7]
3. 注目すべき点
第一に、AIIBは、lean-clean-green(「効率よく、潔癖で、環境にやさしい」)をモットーに、組織を簡素化し、汚職にきびしく、環境に配慮する運営を目指している。とくに、運営効率化の観点から北京に理事を常駐させない。この点、各国理事が本部に常駐し、理事会などを通じて運営や判断を左右する世界銀行やADBの体制と大きく異なる。しかしながら、世界銀行やADBの経験では、理事会と運営陣のチェック・アンド・バランスによって環境社会影響を回避・緩和できた事例も少なくない。そうしたプラスの面を検証・教訓化せずに、単なる簡素化によってlean-clean-greenが実現できるのか、疑問である。
第二に、AIIBは、2015年11月にインドネシア・ジャカルタで開催した第8回首席交渉官会合(CNM)に先立ち、環境社会枠組み(Environmental and Social Framework)案をHP上で公開し、意見を募った。同じく中国が主導する新開発銀行(「BRICS銀行」)に比べると透明性において評価できるが、NGOが再三にわたって提案したにもかかわらず、AIIBは同枠組み案をめぐる対面の話合いには応ぜず、ビデオ会合と書面によって意見を受付けるにとどまった。幅広い人びとの経験から学び、理解や支持を得るには、英語だけに頼らない、対面の話合いが欠かせない。残念ながら、AIIBはこの点できわめて消極的である。枠組み案の内容についても、情報の公開や先住民族の権利の尊重など多くの点で改善が求められる。また、被害を受けた住民が救済を求める制度も現行の国際水準には達していない。AIIBがNGOなどの意見を容れて、どの程度の環境社会枠組みを定めるのか、注視に値する。[8]
第三に、AIIBは、とりわけ最初の数年間、既存の国際機関との協調融資という形でおもな事業を実施していくと見られている。世界銀行、ADB、欧州復興開発銀行(EBRD)などもAIIBとの協調融資にきわめて積極的で、中尾武彦ADB総裁もこれまで数度にわたって、この点を強調している。ADBとAIIBが協調融資を行う場合、より厳格なADBの環境社会配慮を適用することになるが、高いインフラ需要を追い風に、勢いに勝るAIIBを相手に、ADBが自らの政策をきちんと遵守できるのか、ADBの能力と存在意義が問われる。[9]
4. AIIBをめぐるおもな動き
2013年10月 習近平主席、アジア太平洋経済協力会議(APEC)で設立を提唱
2014年10月24日 インド、マレーシア、パキスタン、シンガポールなど21カ国、北京で設立覚書(MOU)に調印
2015年
3月12日 英国、G7で初の参加国に(仏、独、伊も続く)
4月15日 中国、創設メンバー(PFM)57か国を発表
6月29日 北京・人民大会堂で設立協定(AOA)の調印式。フィリピンなど7か国、調印を見送り
12月25日 正式発足
12月29日 フィリピン、設立協定に調印。創設メンバー全57か国が調印を完了
2016年1月16日 北京で設立総会を開催(予定)
注
[1] AIIB. “Asian Infrastructure Investment Bank Articles of Agreement Entry into Force.”(2015年12月25日)
http://www.aiib.org/html/topic/Entry_into_Force/
[2] Xinhuanet. “Chinese Top Leaders to Attend AIIB Opening Activities.”(2016年1月8日)
http://news.xinhuanet.com/english/2016-01/08/c_134991103.htm
[3] AIIB. “What is AIIB?”
http://www.aiib.org/html/aboutus/AIIB/
[4] AIIB. “Prospective Founding Members (PFM).”
http://www.aiib.org/html/pagemembers/
[5] プレジデント・オンライン「アジアインフラ投資銀行臨時事務局長 金立群:中国の金融覇権を支える老練な交渉家」(2015年5月4日)
http://president.jp/articles/-/15185
[6] Chris Humphrey. “Developmental Revolution or Bretton Woods Revisited? -- The Prospects of the BRICS New Development Bank and the Asian Infrastructure Investment Bank.” Overseas Development Institute (ODI) Working Paper 418(2015年4月)
http://www.odi.org/publications/9481-developmental-revolution-bretton-woods-revisited
[7] 張斌・劉丹・肖丹「中国版『マーシャルプラン』登場〜“輸出促進”から“外需創出”へ舵を切る中国商務省」日経ビジネス(2009年9月14日)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20090911/204591/
Jiayi Zhou, Karl Hallding & Guoyi Han. “The Trouble With China's 'One Belt One Road' Strategy.” The Diplomat(2015年6月26日)
http://thediplomat.com/2015/06/the-trouble-with-the-chinese-marshall-plan-strategy/
Eric Ng. “‘One Belt’ Infrastructure Investments Seen as Helping to Use up Some Industrial Over-capacity.” South China Morning Post(2015年11月2日)
http://www.scmp.com/business/article/1874895/one-belt-infrastructure-investments-seen-helping-use-some-industrial-over
[8] Forest Peoples Programme. “NGO Forum on ADB Calls on AIIB to Have Robust Safeguard Standards.”(2015年5月5日)
http://www.forestpeoples.org/topics/private-banks/news/2015/05/ngo-forum-adb-calls-aiib-have-robust-safeguard-standards
Kevin May. “AIIB Could Finance Quality Development.” China Daily(2015年10月22日)
http://usa.chinadaily.com.cn/epaper/2015-10/22/content_22255010.htm
[9] Xinhuanet. “ADB's Cooperation with AIIB is ‘Kind of a Win-Win’: ADB President.”(2016年1月9日)
http://news.xinhuanet.com/english/2016-01/09/c_134992006.htm
(文責 土井利幸/メコン・ウォッチ)