ホーム > 資料・出版物 > プレスリリース・要請文 > 日本の経済協力が 新たなダム問題を生まないために・・・ 世界ダム委員会最終報告書 > 資料1 世界ダム委員会(WCD)最終報告書の要点
註:この文書は「国際河川ネットワーク(International Rivers Network)」が作成したSummary Excerpts from the World Commission on Dams Final Reportの要点を日本語で整理したものです。同文書は2000年11月16日午前11時(GMT)に解禁となります。
大規模ダムの建設は河川流域の生態系に悪影響を及ぼす。恩恵をもたらす場合もあるが、立退きを余儀なくされた住民をはじめ流域に住む人々の生活に大きな変化をもたらす。
ダム建設費はしばしば予算を超過し、調査対象とした81のダムの平均予算超過は56%である。多目的ダムでは特に顕著で、地域別では中央・南アジアで平均2倍以上の費用が支出されている。建設工事も長引き99のダムで予定通りの完成は50%、15%は工期が1〜2年延長された。灌漑は目的を達成しない上に採算に合わず、発電では20%のダムが目標発電量の75%にも達せず、給水では25%のダムが目標量の50%以下にとどまっている。洪水調整ではかえって流域を洪水の危険にさらすこともあり、浸水・塩害・放水・決壊から生じる問題もある。10%のダムでは堆砂によって保水機能が50%以下に落ちている。気候変動で降水量が増加しダムの耐久性を見直す必要が生じたと同時に、洪水対策のあり方も抜本的な変更を迫られている。
生態系は回復不能な影響を受け、希少種を含む動植物が絶滅に追い込まれた。河川を取り巻く複雑な環境に変化が生じると、外来種が繁殖し在来種を押しのける。砂や栄養分がせき止められると、下流の湿地や河口に影響が及ぶ。魚類など回遊性を持つ生物の繁殖能力が低下し、多様性が維持できなくなる。河口域の魚類や海水魚も影響を受け漁獲高が減少する。鳥類への影響も不可避である。水門を通過した水の水質回復には時間がかかり、温度は100キロ下流でも元に戻らない。そのため複数のダムが近距離に建設されると、影響が増幅する。貯水池から発生する温室効果ガスと気候変動の関係も看過できない。緩和策が機能しないのは生態系への理解が不十分だからである。理論的に可能な緩和策が実際に機能するとも限らない。
ダム建設で恩恵を受ける層と影響を受ける層には乖離が見られ、貧困層や次世代が悪影響を被る。地域経済の活性化は一過的で、雇用創出は代替案との慎重な比較検討を要する。ダム特有の広範囲にわたる影響は河川によって生活や文化を支える人々が多いアジア、アフリカ、ラテンアメリカで特に深刻である。全世界で4000〜8000万人が、中国とインドでは1950〜1990年の間に3500万〜4200万人がダム建設によって立退きを強いられた。世銀融資案件ではダム建設による立退きが65%を占める。これらはダム本体の建設によるもので関連施設の建設や上・下流での生活条件の悪化による移住は含まれていない。立退きが強制される場合もあり、死者も出た。詳細な調査を行った10のダム全てで当初影響住民の数が過小評価されており、世銀融資案件では当初比47%の増である。そもそも「影響住民」の定義が狭すぎて、補償も土地権を持つ者に限られ貧困層は外される。補償金額も不十分で支払いは遅れる。影響住民は計画に意見を述べることができず与えられた代替地の環境は劣悪である。代替地は開発から取り残され、失業や罹患で住民の生活は悪化し代替地を離れる者も多い。特定の層への影響では、まず先住民族の土地所有形態や生活様式が影響を受ける。下流域に住む住民も、特に氾濫原を生産の基盤とする熱帯・亜熱帯地域の人々は大きな影響を受ける。女性は受ける恩恵が少ない一方で健康被害を起こしやすく、地域の性格差も拡大する。衛生・健康面では貯水池がマラリアなどの伝染病を発生させ、魚の水銀汚染が深刻化し、ダム建設地や代替地とHIV感染の関連も指摘されている。建設が長引くと不安やストレスをもたらす。文化遺産の調査はほとんど手付かずで、特に先進工業国では大きな問題である。
将来の水資源とエネルギーの確保を考えると、まず農業では地表水の有効な活用が求められる。天水の利用や地域の伝統的水資源管理方法の尊重も重要である。電力では先進工業国の浪費を抑える必要がある。水力発電に対する期待は低下し、代替エネルギー、中でも風力発電の開発は1994〜1998年の間に40%も伸びた。給水についても需要の抑制が求められる。天水の利用、海水の淡水化、水の再利用も有効である。洪水対策では地域住民主導の包括的な対策を講じることである。
こうした選択肢を生かすには透明性の高い意思決定プロセスと監視・評価システム、環境・社会政策の遵守を促す仕組みが求められる。建設が決まってしまうと環境・社会面での影響、経済効率性、協約の履行などの監視・評価がおざなりになる。資源・エネルギー需要の増加が喧伝されたためダム建設が優先され、代替案選択の幅が狭まってしまった。不正・汚職も助長されたが、不正をはたらいた者の法的責任はほとんど問われていない。利権の横行で客観的な基準、ましてや環境・社会面への配慮に基づいてダムが建設されることはない。1990年代に入り政策・法律・評価方法が整備・改善されたが現実が追いつかず、過去に起こった問題も未解決である。情報公開や住民参加も進んだが依然プロジェクトの50%で影響住民の参加が不十分である。むしろ市民運動が開発推進側と影響住民の対話の道を開いてきた。
アジア、アフリカ、ラテンアメリカのダム建設に国際金融機関が果たした役割は大きく、世銀は1950年代から平均年10億米ドル、1970〜1985年では平均年20億米ドルを融資し、他の機関の資金も加えるとピーク時の1980〜1984年には平均年45億米ドルがダム建設に投下された。近年国際金融機関はダム建設政策を整備してきたが計画部分に重点がおかれており、代替案の検討や建設後の運営、環境・社会面への配慮は不十分である。政策遵守のための仕組みも整っていない。輸出信用機関は環境・社会政策すら策定していない。最も進んだ政策を持つ多国間開発銀行でも課題が多いのだから、他の機関の現状は推測に難くない。
開発の推進と人権の尊重は矛盾しない。むしろ公正で持続可能な開発を実現するには影響住民の人権や利益が守られる必要がある。ダム建設を推進する人々は自分たちが負うリスクは気にかけてきたが、影響住民のことは軽んじてきた。多くの人々が参加し納得できる話し合いが行われるべきで、信頼関係も重要である。公正な意思決定がなされれば良い結果が生まれる。ダムがもたらした苦い経験を生かすには新しい意思決定方法を採用するだけでなく、その方法の有効性を確信することであり、そのためにはこれまで明らかになった問題を直視することである。人権の尊重とリスクの評価がより良い意思決定の前提となり、誰が議論に参加し何を話し合うかを決める根拠となる。はじめは時間がかかっても後で効果が現れる。
これまでの内容をガイドラインにまとめると、第一段階で水資源とエネルギー開発の必要性を明らかにする。つまり様々な選択肢を検討する上で必要な開発目的を特定する。第二段階で開発目的に適った計画を立てる。選択肢を検討し適切なものを選び計画に盛り込む。第三段階ではあらかじめ落札条件を明確にし、契約に影響緩和手段やプロジェクト監視方法を明記し条件を遵守するための仕組みを作る。また関連工事が始まる前に影響住民と立退きをめぐる協約などを締結する。第四段階では条件の遵守を確認し監視手段などを明確にした上で運用を許可する。第五段階では適切な運用を行い、状況の変化に応じて運用条件に変更を加える。
本報告書が水資源とエネルギー開発に関わる人々の対話を促すとともに、現行の政策やガイドラインを見直すきっかけとなることを願う。各国政府・関係省庁、NGOや住民団体、学識経験者と専門家、ディベロッパー・コンサルタント・民間金融機関、多国間開発機関や輸出信用保証機関などは、それぞれの立場から本報告書の内容を検討し賛同を表明するとともに普及に努め、従来の開発のあり方を評価・監視・教訓化する材料とし、自らの能力向上の糧として活用していただきたいと思う。