ホーム > 資料・出版物 > プレスリリース >落成式の陰で顕在化する環境・社会影響〜2年以上遅れた補償、借金を負う影響住民〜
2010年12月9日
12月9日、ラオス中部のカムアン県でナムトゥン2ダムの落成式典が開催される。フランスやタイの民間企業が出資する同事業の落成式には、フランスのサルコジ大統領やタイのアピシット首相の出席が予定されている。しかし、落成式の裏では、同事業による環境・社会影響が健在化し始めており、「ダムによる貧困削減」のモデルはほころびを見せ始めている。貯水池が作られたナカイ高原に暮らす6,200人の住民が移転を強いられ、ダムからの放水によって増水するセバンファイ川沿いの数十万人の人々が漁業被害や河岸農業への影響を受けているが、長期的な生計回復の道筋は立っていない。
11月に同事業の影響地域を訪問したメコン・ウォッチは、以下のような問題を指摘している。
1. 移転住民のための生計回復プログラムの失敗
事業によって建てられたマーケット用の建物は、
一度しか利用されていないという
貯水池建設のために6,200人の住民が移転を強いられたナカイ高原では、補償策として農林水産業の振興が図られているが、プログラムのどれを取っても、長期的な生計回復につながる見通しはたっていない。補償農地の土壌が痩せているうえに、換金作物を作っても市場はなく、多くの移転住民が補償農地を放棄している。現在、移転住民の生活を支えているのは主に貯水池での漁業だが、地域住民によればすでに漁獲量の減少が見られる。魚が捕れなくなったとき、住民が米を買う収入を得る手段は見つかっていない。
2. 補償の遅れと混乱
ナカイ高原の住民移転は2008年4月に完了したが、本来、移転前に支払われるべきであった水田や果樹に対する補償は、2010年10月頃にようやく着手された。1998年に行われた資産調査は、資産評価の基準が統一されていないなど不正確なものであった。住民からは補償の対象や算出方法に対する不満の声が挙がっているが、補償開始が貯水後2年も経っていることで水没した資産確認の術がなく、住民が異議を申し立てても確認作業を行うことは極めて困難なことが予想される。
3. 下流の村落生計回復基金による負債増大
ダムの水が放流されているセバンファイ川沿いの村では、今年、一部の住民が洪水で稲作に被害を受けた。例年であれば、米の不作はセバンファイ川での漁業によって補われるが、放水による漁業被害が顕在化し始めており、米不足を補うセーフティネットが失われつつある。漁業の補償策として、実施企業ナムトゥン2電力会社(NTPC)は村落生計回復基金によるマイクロクレジット活動を支援している。しかし、十分な技術指導やリスクの説明が行われずに、このマイクロクレジットを使った事業に失敗し、生計を回復するどころか、かえって借金を負って困窮化する世帯が出始めている。
補償農地の状況
そもそも、ナムトゥン2の本格的操業は2010年3月15日にすでに開始されている。なぜ、9カ月もたった今落成式なのか?同事業の環境・社会影響をモニタリングしている環境NGOメコン・ウォッチは、「本来、商業運転の開始までに終了しているはずだった補償の支払いや移転地の灌漑整備が間に合わないまま3月にフル稼働が開始された。灌漑整備がほぼ完了したのは10月になってからであり、補償の支払いはようやく実施されつつあるところだ。『公式』落成式が12月までずれ込んだのは、このように環境・社会配慮政策の違反を押し切って、事業を進めてきたことをごまかすためではないか」と指摘する。
メコン・ウォッチはこうした問題を受けて、同事業を支援してきた世界銀行・ADBは、影響住民の長期的な生計回復、補償問題の解決、住民の生計回復の状況や水質モニタリングの結果などの環境・社会配慮に関する重要な情報の公開を早急に行うべきだと指摘している。
ラオス政府や世銀・ADBは、同事業をモデルに「ダムによる貧困削減」を推し進めようとしている。しかし、影響住民が抱えている長期的な生計回復に向けた問題が見過ごされたまま、ラオスや他国で同事業をモデルとした開発が進められれば、「貧困削減」のための開発事業が新たな「貧困」を生み出し続けることになるだろう。
※ナムトゥン2水力発電事業とは
東南アジアの内陸国ラオスの中部に建設された水力発電ダム。フランス電力公社(40%)、ラオス電力公社(25%)、タイ発電公社(EGAT)の子会社EGCO社(35%)が出資するナムトゥン2電力会社(NTPC)が事業実施者。総事業費は約14.5億ドルで、ラオスのGDPの約4分の1にあたる国内最大の公共事業。高さ48メートルのダムを建設し、高原の湿地帯450平方キロメートルを水没させた。発電能力1070メガワットのうち995メガワット分をタイに輸出し、残りが国内供給に充てられている。目的は売電収入による貧困削減。
詳しくは、こちらをご覧ください。
※メコン・ウォッチの現地訪問(2010年11月)報告書はこちら
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