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タイのタクシン首相が、クリスマスイブに閣議を欠席して予定通り現地を視察しました。その場で解決策が示されなかったことは予想の範囲内です。
以下、バンコクの土井利幸(メコン・ウォッチ)の報告と、タクシン首相現地視察に関する現地英字新聞の報道です。
タクシン首相の現地視察の前日に当たる12月23日、久しぶりにパクムンダム反対住民が座り込みを続ける首相府前に行って来ました。パクムンダムの被害住民だけではなく、シリントンダム、ラムタコンダム(いずれも日本のODA案件)などの被害住民も合流しており、そこには再び「村」が出現していました。
しかし、運河のほとりにあたる現場は蚊が多く、木の枠にビニール・シートを張っただけの小屋は住みかとするにはあまりにもお粗末で、中産階級の発達したタイ社会が「クリスマス」のイルミネーションで沸き立つのとは好対照でした。たまたま住民激励コンサートが開催されて、生ギター一本にハーモニカという、かつてのアメリカ合衆国公民権運動のさなかで定着したスタイルで、アーチストが入れ替わり立ち代り、タイで「いのちのための歌」と呼ばれるジャンルの歌を披露し、中にはパクムンダムを皮肉る書き下ろしも登場しました。
冒頭司会に立った貧民フォーラム相談役のワニダさんは座り込みを続ける住民にステージ前に集まるようさかんに声を掛けていましたが、この劣悪な条件で闘いを続ける人々の士気を保つにはいろいろ苦労があるのでしょう。紹介を終えてたまたま私のとなり(と言っても路上ですが)に座ったワニダさんもステージの演奏に合わせて歌っていましたが、彼女が口ずさんでいたのは確かにボブ・ディランの「風に吹かれて」のメロディーでした。
翌24日予定通り首相の現地訪問が実施され、メディアが一斉にこの件を報道しました。視察後も最終決定は出されませんでしたが、これは大方の予想通りで驚きはありません。私として気になるのは、今回の一連の動きを通して、タクシン首相がますます大岡越前か遠山の金さんのような振舞いを見せており、彼の判断の比重が非常に大きくなってきている点です。加えて、現実の越前が大岡裁きを行なう保証はどこにもありません。
「ダム建設賛成・水門開放反対派」と呼ばれる人々の動きも気になるところです。大規模開発が地元社会や家族までもずたずたにすることは今に始まった問題ではありませんが、タクシン首相が先週金曜日の住民との会談であらたな農地の補償をほのめかしたことなどから、現地住民の間で混乱・軋轢が深まっているようです。
以下、現地視察の様子と決定「延期」を知らせる英字紙の記事を翻訳でお伝えします。
土井利幸@バンコク
Kultida Samabuddhi署名記事
バンコクポスト紙2002年12月25日
(ウボンラチャタニ県発)―昨日(12月24日)タクシン・チナワット首相はヘリコプターと船でムン川を視察したが、パクムンダムに関する決定は首相の調査チームがさらに情報を収集するまで延期するとした。
首相は、調査チームがワリン・チャムラップ、コンジアム、シリントンの三郡でダムの影響と地元住民の要求に関してさらに情報収集をし終えた上で、来月に決定を下すと述べた。
「住民とじっくり話をし現場をこの目で見たが、まだ最善の解決策は見当たらない」と首相は語った。
首相によれば、さらに情報が必要な理由は、五年間完全水門開放を提言したウボン・ラチャタニ大学の調査がダム反対派住民の意見だけに言及して一貫性を欠くからである。
一方バンコクでは、貧民フォーラム相談役のワニダ・タンティウィタヤピタック氏が視察は無駄だったと語った。
ワニダ氏によると、首相は水門恒久開放の決定を下すのに有り余るほどの情報を持っている。
首相は、先週金曜日に30名の影響住民代表と会談したことを受けて、昨日の閣議を欠席しムン川の日帰り視察を行なった。
首相に同行したのは、ダム水門恒久開放を要求する住民Suwan Mingkwan氏とKhambo Boonprasit氏の二名に、ネウィン・チットチョップ副農業大臣とポンテープ・テープカンチャナ・エネルギー大臣である。
ヘリコプターによる視察は45分。また一行は、ダムの上流を船で20分間視察し、地元漁師と言葉を交した。
「ダムの弱点はEGAT(タイ発電公社)が言うような「多目的」ではない点だということが分かった」と、タクシン首相は語った。
「これは関係機関が、魚の量を増やす、地元漁民が変化した生態系に適応する支援を行なうなどの任務を果たしてこなかったからだ。」
「ダムが存在しても、NGOが支えれば住民は漁師として生活を続けていくことができるだろう。」
「NGOには政府機関と住民の間のギャップを埋めてほしい。政府とNGOが手を取り合って、公共事業の影響を受けた住民が生計を立てる援助ができればいい。」
バンコクから首相に同行した住民のSuwan氏は、首相にダムの水門恒久開放がもたらす利点について話す機会ができてうれしいと語った。
写真:ウボンラチャタニ県のパクムンダム貯水池で船上から住民に応えるタクシン・チナワット首相
ザ・ネイション紙2002年12月25日
昨日(12月24日)のタクシン・チナワット首相による初のパクムンダム周辺視察によってもダムの水門恒久開放の是非に関する即時決定はなされず、首相は最終決定は年明けを待って行なうと述べた。
首相は、コンジアム、ピブン・マンサハン、シリントンの三郡で情報を収集している四つの作業部会の結論を待つ必要があり、最終決定を下すにはムン川流域全住民から情報を集める必要があるとした。
しかしながら首相は、昨日の日帰り視察が決定を下す上で役立つ情報をもたらしたとも述べた。
「船の上から漁師と話をすることができたが、その漁師がこれまで耳にしたことのない観点から情報を伝えてくれた」と首相は語った。
一方で首相は、決定が少数の人々の利益に合致しなくとも、国益に基づく必要があると強調し、先の閣議決定である水門の一時開放は現在でも有効だとした。
首相はまた、住民の死活問題以外にも、EGAT(タイ発電公社)が抱えるおよそ40億バーツ(約120億円)の負債が課題であるが、決定を下す上でこの件を優先させることはないと付け加えた。
「住民生活の向上を考えれば金銭は重要ではない。私に言わせれば金銭は幻想で、生活こそが現実だ」と首相は語った。
昨日バンコクからヘリコプターでダムの現場を訪れたタクシン首相には、ネウィン・チットチョップ副農業大臣とポンテープ・テープカンチャナ・エネルギー大臣、そして貧民フォーラムが支援する住民の代表二名も同行した。
同行した住民の一人Suwan Mingkwan氏は、首相は自分の命令で先週金曜日から水門が開放され姿を現した多くの早瀬に注目していた、と語った。
「首相が早瀬についていろいろきいてきた。特にゲン・サ・プのでかい早瀬についてね。視察中は首相の質問に答えるだけだったが、川とダムの影響についての現実を首相に伝えた」とSuwan氏は述べた。
また、ダム水門開放賛成・反対両派の住民それぞれ約500名がサ・プ早瀬で首相を出迎えたが、首相が声を掛けるまでには至らなかった。
ダム水門の恒久開放に反対する住民のリーダーSawek Bantao氏は、貧民フォーラムが要求する水門の通年開放によって悪影響を受ける住民の声を聞いてもらえなかったことを残念がった。
Sawek氏は、年明けに水門開放で損失を被った住民を率いて首相府前で集会を行なうと息巻いた。