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メコン河開発メールニュース 2006年6月13日
2005年3月31日、世界銀行はラオスのナムトゥン2水力発電プロジェクトへの支援を決定し、その4日後には、アジア開発銀行も融資を決めました。それぞれ、日本が第二、第一の出資国となっている国際開発金融機関です。
豊かな生態系が残るナカイ高原の450平方キロを水没させ、約6200人の移転住民を含む十数万人の生計を大きく変えるこの巨大ダム事業に対して、社会・環境・経済面での大きなリスクが指摘されていました。しかし、そうした国際的な市民社会からの懸念が全く払拭されない中での世界銀行・アジア開発銀行の融資決定でした。
あれから一年。現地の住民生活やプロジェクトを取り巻く状況をお伝えしています。第5回は、このダムの開発企業体とラオス政府が結んだ契約が、ラオス政府の環境・社会面での「良い政策」の足かせになる恐れがある問題についてです。
2006年6月13日
メコン・ウォッチ 東 智美
メールニュースの『シリーズ ナムトゥン2ダム融資から一年』では、4回にわたって融資決定から一年を迎えたナムトゥン2ダムを取り巻く問題をお伝えしてきました。社会・環境配慮面でのコストがダムの経済性を脅かすのではというという議論がある(シリーズ2)一方で、建設が進むナカイ高原では、移転住民は今後の生計について不安を募らせています(シリーズ1・4)。こういった状況のなかで、環境・社会配慮策の実効性が疑問視されています(シリーズ3)。
今回は、この環境・社会配慮策の実効性への疑問について、2002年にナムトゥン2電力会社(NTPC)とラオス政府の間で調印されたコンセッション契約(ダムの建設・操業・所有する権利を民間企業に与え、契約期間満了後ラオス政府へ譲渡する内容)の分析から、詳しくお伝えします。
メコン・ウォッチは、イギリス・エセックス大学人権センターのOzgur Can氏とSheldon Leader氏に、ナムトゥン2ダムプロジェクトのコンセッション契約の分析を委託しました。分析の報告書では、ナムトゥン2ダムプロジェクトのコンセッション契約には、契約が効力を持つ25年間、ラオス政府の社会・環境政策の改善を妨げるような条項が含まれていることが指摘されています。コンセッション契約に基づいてラオス政府が商業的な利益を優先することで、ラオスの市民の安全や福祉の向上、人権や環境水準の改善が脅かされることになります。ナムトゥン2ダムプロジェクトへの支援を決めた世界銀行やアジア開発銀行は、当然このことを分かっていたはずです。この報告書が結論付けているように、コンセッション契約は、商業的な利益の追求が環境・社会配慮策を妨げたり、ラオス国内の人権や環境水準の向上の足かせになったりすることがないように修正されるべきであるし、それができないのであれば、このようなコンセッション契約に基づくプロジェクトは中止されるべきです。
以下、社会・環境影響に関する法的な問題についての分析結果の要点です。
コンセッション契約は、25年間の有効期間、ラオスの法律と同等の効力を持ち、非常に強力な契約となる。この契約には、ラオス政府が、政府としての責任を果たすよりも、商業主体としての役割を優先して、ナムトゥン2ダムプロジェクトに関わるような手続きが示されている。契約条項40.5には、「この契約の下、ラオス政府の義務は、その性質上、公法あるいは行政的なものではなく、私法あるいは商業的なものであることに同意する」とあり、NTPCとラオス政府の間で争いが生じれば、当該紛争は国際仲裁の対象となるとされている(条項43)。これらの条項は、「公共の利益において行動するための政府の特権を行使していることが明らかであれば、政府は契約による拘束を拒否することができる」という原則を事実上無効にするものである。
コンセッション契約には、ラオス政府は新しい法律をこのプロジェクトに適用して事業の費用を増やさない、という条項が含まれている。ナムトゥン2ダムプロジェクトは、ラオスの全ての国内法に従うので、この条項はプロジェクトに直接関連して作られた政策に限られず、ラオス国内の法律と政策の全てに及ぶ。もしラオス政府が法律を変更し、その結果プロジェクトの費用増加または収入減少が発生した場合には、NTPCは交渉、法改正の取消または補償という形でラオス政府に対して救済を求めることができる。この条項があることで、ラオス政府はNTPCに対する補償の支払いを避ようと、環境や人権に関する責任を果たすことを怠ることになるのではないだろうか。
国際条約に批准する際、その水準に沿うように、しばしば国内法を改正したり、新たに制定したりする必要がでてくる。ナムトゥン2ダムプロジェクトの利益と費用に影響を及ぼす場合には、ラオス政府はNTPCに対し補償をしなければならない可能性があるため、ラオス政府はコンセッション契約の期限が切れるまで、新しい国際的な取り決めを批准するのを延期することになるかもしれない。ラオス政府は、すでに、「経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約」に署名しているが、上述の企業への補償責任があることによって、この規約への批准を25年間延期させることになるかもしれない。
コンセッション契約はラオス政府とNTPCの間で調印されるため、ナムトゥン2ダムプロジェクトによって影響を受けるコミュニティなどの第三者はコンセッション契約が定める仲裁メカニズムを使うことができない。もし影響住民が、ナムトゥン2ダムプロジェクトに関して、例えば法律を改善することによって解決できるような苦情を申し立てる場合、自分たちの懸念を仲裁機関に取り上げてもらうようにラオス政府を頼らなければならない。たとえラオス政府が住民の苦情を取り上げたとしても、商業上の争いを解決するためだけに置かれた仲裁機関が、公共政策の争点やラオス政府の行動の正当性について判断を下すことができるのかは疑問である。
コンセッション契約の中の不可抗力についての記述があることで、ナムトゥン2ダムプロジェクトに関して、政治的な異議を表明することなど人々が苦情を申し立てるために取る行動を押さえつけることにつながる可能性がある。もし、ストライキ・順法闘争・サボタージュ等の労働紛争、革命、反乱、暴動、紛争、騒乱や市民的不服従などが原因で損失や費用が生じれば、ラオス政府が補償するということになっている。補償を支払うのを恐れることで、ラオス政府はナムトゥン2ダムプロジェクトを妨げると思われるような反対活動を抑圧することになるだろう。
このコンセッション契約から生じる問題の根底には、商業主体と政府という両立しにくい2つの役割をラオス政府が負っていることがある。プロジェクトの損失を補償する義務をラオス政府が負うことは、同時に、市民の環境と権利を保護するラオス政府の実行力を圧迫することにつながる。ラオス政府には、個人の経済活動の悪影響から市民を保護するために、国のビジネスへの参入と操業を規制し、監督する義務がある。それにもかかわらず、このコンセッション契約に基づけば、ラオス政府は、商業主体としての役割を優先することになり、市民を保護し、市民の安全や福祉を向上させていくという主権国家としての役割を放棄することになる可能性がある。ラオス政府が市民への義務を果たすことを、ビジネスのリスクとして扱うべきではない。コンセッション契約は、この原則を反映するように修正されるべきだ。
※コンセッション契約の分析の全文(英語)は、メコン・ウォッチのウェブサイトからダウンロードできます。
※コンセッション契約(英文)はNTPCのホームページから「Documentation
→ Project Legal Framework → CA Summary &Extracts」と進むと、要約と一部の文書が入手できます