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ラタナキリ州の忘れられたステークホルダー(1):魚が来ない

メコン河開発メールニュース2016年3月28日


メコン河下流域の生態系は、今年から来年にかけて建設中の2つのダムの影響で劇的な変化を遂げます。残念ながらその変化は良いものではありません。ラオスで、ドンサホンダムの建設が本格的に始まりました。また、今回ご紹介するカンボジアのセサン下流2ダムも、既に40%ほど建設が進んでいると言われています。ドンサホンダムはメコン河の魚の重要な回遊路を遮断します。また、セサン下流2ダムは支流ダムですが、魚にとって重要な産卵・成育場であるセサン川とスレポック川の両方に影響します。このダムの建設により、メコン河下流域の魚の資源量が9.3%減少する可能性があるという重大な予想も出されています。


しかし、カンボジア国内ではダムに沈む村の移転問題のみが議論され、同国全土とメコン下流域全体に与える影響については、奇妙な沈黙が続いています。このダムの影響は、ダムが建設されるストゥン・トレン州だけでなく、上流のラタナキリ州と下流のメコン河本流クラチェ州にも及ぶことが懸念されています。メコン・ウォッチでは2015年9月に現地を訪問し、上流のラタナキリ州の人たちの懸念の声を聞きました。 メコン河開発メールニュースでは、セサン下流2ダムの抱える問題と現地の状況について2回にわたり報告します。


また、このダムについては以下のリンクもご参照ください。
http://www.mekongwatch.org/report/cambodia/LowerSesan2.html

セサン下流2ダムの問題と住民の懸念を伝えるビデオも制作しています。
失われる豊穣の時−セサン下流2ダムのもたらす悲劇(24分)

 

***
「刺し網をかけても魚が全く獲れない。今までは、朝網をかけておけば、夜には魚が獲れた。魚がどこに行ったか分からない。一度の漁で5kgは魚が獲れていたのに、半分になっている。数年前はもっとたくさん獲れた。今年は下流やほかの村の人も同じ状況です」。
ラタナキリ州クンムン郡に住む男性Aさんは、スレポック川のほとりで語った。
「魚はダムに遮られ、他の川に行ってしまったのかもしれない」。


スレポック川

2014年2月、スレポック川とセサン川の合流点から下流1.5qのところに、下流セサン 2ダム (LS2)の建設が始まった。2015年の10月時点で、工事はセサン川を遮って行われていた。スレポック川とセサン川はメコン河最大支流群の一部をなす。セコン川を合わせ3河川の頭文字をとって、この地域は3Sと呼ばれる。3つの川は扇を広げたような姿で、まずスレポック川とセサン川が合流し、更にセコン川と一つになり、本流のメコン河に注いでいる。3河川は、川の中で回遊するメコン河の魚の、重要な産卵地でもある。2013年の報告では、3河川を利用する89種の回遊魚が確認されている。回遊は魚の産卵や成長にとって欠かせない。

メコン河下流域は世界最大の淡水の漁場で、毎年1.4億から20億米ドルの魚を生産している。その中心は、トンレサップ湖だ。しかし、メコン河の上流、支流、そして今、ラオスで作られている本流ダムのために、魚の生存は脅かされている。これに更に拍車をかけるのがLS2である。
LS2は、メコン河下流域に生息する魚を9.3%減少させると見られていると同時に、カンボジアのフードセキュリティを脅かす存在だ。カンボジア政府機関の調査では、カンボジア人は年間62.95kg/人の魚を消費するが、そのうち淡水魚は40.3kgを占めているという。

企業は魚道の建設を考えているというが、ダムの建設は始まっているが魚道の建設が始まっているかどうか分からない。それどころかダムの最終的なデザインやサイズも不明だ。一般に情報が公開されていないからだ。影響緩和策についても、ダムのステークホルダーであるラタナキリ州のセサン・スレポック川流域の住民は、何も知らされていない。市民グループの働きかけで実現したダムの公聴会は、ダムが建設されるストゥン・トレン州でしか開かれてないのだ。

魚道が作られれば、魚の上流への移動は可能かもしれないが、再生産には結びつかない可能性が高い。流れに逆らうという遡上のスイッチの入った魚がダムの上流まで泳いでも、水の停滞する巨大な貯水池に入れば方向を失う。また、ダムの貯水は、魚の産卵場を破壊してしまう。卵から孵ったばかりの稚魚は自ら泳げず、多くの種類は川の流れにのって次の生息場所に移動する。貯水池は稚魚の移動を妨げ、成育場所それ自体をも壊す。稚魚だけでなく、3S地域で産卵していた魚は、トンレサップ湖も利用しているかもしれない。つまり、トンレサップ湖の漁業資源が影響を受けるのだ。このサイクルが壊れることに対し、詳しい調査はされていない。

川で漁をする人たちの間では、今年、既にダムの工事の影響が認識されている。冒頭のAさんだけでなく、ルンパット郡の男性Bさんも、5月ごろからみられるメコン河の回遊魚がスレポック川に入って来なかったという。


「数年前まで、家族を何とか養うほどの魚は獲れていました。5月ごろから今に至るまで(魚が獲れず)、とても生活が苦しい」。

 

アンドンミア郡を訪れた際、話をしたラオ族の村の長老は、上流ベトナムで作られたダムの影響による魚の減少、水質の悪化や洪水で長年苦しんでいると言った。彼は、「今のままではダムを作ってほしくない。ダムによって魚がいなくなり自然が壊れる。作る前に影響をきちんと配慮してほしいし、それができるまでは建設しないでほしい」、と訴えた。だが、ダムの工事は既に30%以上進んでいるという(2015年9月時点)。


寺院の建物の扉に残る洪水の跡

 

訪問の際に会ったラタナキリ州内11村の人たちは、LS2の建設が進んでいることすら知らされていなかった。

私たちが話を聞いた村人は、口々に、政府や企業が自分たちに事業の説明をするべきだ、と訴える。一方、その声を誰も聞いてくれない、とも言う。
LS2建設の影響を受けるラタナキリ州を中心とした上流の影響住民は、約8万人と見られている。トンレサップ湖で漁業に従事する人たちは120万人に上る。


(文責:木口由香/メコン・ウォッチ)

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