ホーム > 資料・出版物 > メールニュース > ビルマ・ダウェイ経済特区>ビジネスと人権(1)プロジェクトの経緯と日本の関与
メコン河開発メールニュース2016年5月18日
ミャンマー(ビルマ)では長く軍による支配が続いていましたが、2011年以降の民主化の流れを受け、また、5千万人もの人口を抱える新規市場としての魅力や中国やインドといった大国と隣接する地勢的重要性から、数年の間に数えきれないほどの投資・開発案件が動き始めています。ダウェイ経済特区(SEZ)開発はその中でも特に大型の案件です(日本の公的機関はダウェーと表記しています)。
ミャンマー隣国のタイは、長年、マラッカ海峡を通らずにインド洋に出ることを切望していました。クラ地峡(マレー半島の最峡部)に運河を作る計画は、政権が代わるごとに持ち上がっていた国家事業で、1970年代には水爆を利用して山脈を破壊し掘削する話までありました。このクラ地峡のミャンマー側は、同国最南端の行政区のタニンダーリ管区です。マレー半島に長く伸びたこの管区は、ミェイ(Myeik)、ダウェイ、コータウンの3県に分かれ、ダウェイ県には管区の区都があります。また、東部でタイと国境を接しています。
タニンダーリ管区の海沿いの地域は、アンダマン海に面し水産業が盛んです。水揚げされる水産物の一部は、マレーシアを通して日本にも輸出されているようです。また、都市人口が3割を占めることから、住民の7割は農村部で農業を基盤にした自給自足に近い生活を営んできたと見られます。
2015年11月の総選挙でアウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝、新政権が誕生し、新しいタニンダーリ管区大臣が同事業の見直しに言及する一方、前政権の終了間際にミャンマー側が同SEZの近くに中国企業による製油所建設を認可したという報道が出るなど、目が離せない状況が続いています。メコン開発メールニュースでは、今回特に、同事業で既に発生している環境・社会問題について連続してお伝えしていきます。
まず初回はプロジェクトの経緯についてまとめました。
プロジェクトの経緯
ダウェイSEZの開発は、2008年にミャンマー、タイ政府によって基本合意され、その後、タイの大手建設会社のイタリアン・タイ・デベロップメント(ITD)社がミャンマー政府より開発事業権を獲得しています。
開発は、ITD社(75%)とマックス・ミャンマー社(25%)の出資で作られたダウェイ・デベロップメント社が担っていました。しかし、ITD社は資金調達に失敗し、2012年7月にマックス・ミャンマー社が撤退しています。その後、タイ政府とミャンマー政府の間で開発に関わる覚書が結ばれました。2013年には、両国政府の同比率の出資で、特別目的事業体(SPV)が結成され、両国政府主導の推進体制が作られたのです。タイ人権委員会が発行した報告書によるとSPVは、助言、出資者の招請、あるいは選抜する役割を担う、とされています。またこの際、ITD社の開発権は消滅しています。
2014年2月には初期開発事業の公募が行われましたが応募者は無く、その後5月のタイのクーデターによる政権交代によってふたたび事業は停滞したものの、両国は推進体制を崩しませんでした。2015年8月には初期開発事業の開発権をITD社およびロジャナ工業団地社、LNGプラス・インターナショナル社が取得しています。
日本の関与
日本政府は、両国との話し合いに2013年から公式に参加しています。2014年10月には、軍事政権が成立したタイに対し、ダウェイ開発に対する関心を再度表明。2015年7月4日に東京で開催された「第7回日本・メコン地域諸国首脳会談」のなかで、3ヶ国は「ダウェー経済特別区プロジェクトの開発のための協力に関する意図表明覚書(MoI)」に署名し、日本政府は事業への参加を正式に表明しています。
そして、2015年12月、国際協力銀行(JBIC)が「海外展開支援出資ファシリティ(注)」の一環として、ミャンマー国家計画・経済開発省対外経済局(FERD)とタイ・周辺諸国経済開発協力機構(NEDA)が出資していたダウェイ経済特別区開発会社(上述SPV)へ、FERDとNEDAと同等の出資比率で参画しました。
同SEZは、ヤンゴンから約600km、バンコクから約350kmに位置しており、ミャンマーの経済の中心地よりもタイの首都バンコクに近いという立地です。メコン河流域の経済発展の目玉として強力に推進されようとしている、ベトナム・カンボジア・タイ・ミャンマーをつなぐ南部経済回廊の西の起点となるため、流域全体の開発戦略にとっても要所の一つに据えられていると言えるでしょう。また、ダウェイSEZは、完成すれば東南アジア最大の工業地帯(20,451ヘクタール)となることが見込まれています。
しかしこの事業では、20-36村の約4,384-7,807世帯(22,000-43,000人)が直接影響を受けると予想されており、地元住民の懸念の声を看過することはできません。
「ダウェー経済特別区プロジェクトの開発のための協力に関する意図表明覚書(MoI)」
英語
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000088498.pdf
和訳
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000088497.pdf
参考:経済産業省委託調査 ミャンマー産業課促進支援総合開発計画調査(2015年)
http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2015fy/000107.pdf
(注)「海外展開支援出資ファシリティ」とは、2013年の閣議決定「日本経済再生に向けた緊急経済対策」の元、国際協力銀行(JBIC)が海外M&Aやインフラ、資源分野等への出資といったリスクマネーを供給し、日本企業の海外展開を支援するために作られた新しいスキームです。
(文責 メコン・ウォッチ)