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ミャンマー・ティラワ経済特区>住民のJICA異議申立てから2年
移転住民の現状・課題

メコン河開発メールニュース2016年6月29日


ミャンマー(ビルマ)の最大都市ヤンゴン近郊で、日本が官民を挙げて進めている「ティラワ経済特別区(SEZ)開発事業(※1)」の移転・補償問題について、2014年6月に影響住民3名が来日し、国際協力機構(JICA)に異議申立てを行なってから、早2年が経過しました。2013年11月のティラワSEZ初期開発区域(400ヘクタール)の着工に伴い、68世帯が移転地での生活を余儀なくされましたが、移転前の補償・移転対策の不備は、現在までも大きく響いており、『JICA環境社会配慮ガイドライン』に規定されている「生活水準を事業前よりも改善、少なくとも回復」という要件が実現されているとは言い難い状況が続いています。

「移転前は家の近くの少し高くなっていた丘で野菜を育てられたし、雨季には魚を獲って売ることもできた。今は移転地に魚を売りに来る人がいても、それを見ているだけ。」(約9エーカーの水田で耕作していた元農民。8人家族の移転世帯)

2015年以降、移転地では追加的な補償措置等が実施されてきましたが、今回は2016年5月半ばまでの状況と課題をお伝えします。


移転地(2016年2月)

これまでの経緯については、以下をご覧下さい。
・住民のJICA異議申立てから1年〜 住民の生活悪化への対応はいま?
http://www.mekongwatch.org/resource/news/20150605_01.html
・2年が経過した移転地の現状・課題と次期移転への教訓
http://www.mekongwatch.org/resource/news/20151109_01.html


●移転地住民の生計手段の回復・改善措置の現状と課題

移転地では、代替の生計手段や持続的な生活を確立できないまま、高利率の借金が膨れ上がっていく世帯が多く出ていました。こうした状況の改善策として、2015年から@社会福祉支援プログラム、Aコミュニティー開発基金(マイクロファイナンス)、B職業訓練が追加的に開始され、@社会福祉支援プログラムについては、すでに1世帯当たり300万チャット(約30万円)の支払いが3回(2015年4月、7月、10月)に分けて実施されました。

しかし、この支給金により、借金を完済できた世帯や借金の額が減少した世帯も見られた一方で、2015年12月以降、少なくとも5世帯が多額の借金を抱えたまま、期日までに返済できないことから、移転地の家屋と居住区そのものの売却を余儀なくされました。

「夫の日雇いの仕事は移転前後で変わらなくても、移転前、自分は家の周りで野菜を作り、毎日おかずにしたり、売ったりできました。鶏やアヒルも多くいて、おかずを買う必要がなかったんです。鶏やアヒルは何羽か移転地にも連れてきましたが、病気で死んでしまいました。今一番きついのは、毎日の食費です。借金が返せなくて、家と居住区の場所を売ってしまったので、今は借家で月に3万チャット(約3,000円)を払っています。」(6人家族の移転世帯。4児の母親)

5世帯の家族構成・事情はそれぞれですが、どの世帯も返済期日前に家屋等を売り払い、受け取った代金を借金の一部返済、また、毎月の借家(同移転地内に家を借りているのは4世帯)の支払いや毎日の食費の足し等に回している状況です。


移転地で家屋と居住区の売却を余儀なくされた世帯の元の家(2016年3月、5月)

「もし追加的な場所が提供されるなら、野菜を植えたり、家畜を育てたいです。また、マイクロファイナンスの提供が始まれば、家で子どもの面倒を見ながら、ブタを飼育することもできます。借金はまだ残っているし、借家の支払いもありますが、夫の日雇い仕事と自分の家畜飼育などで、何とか頑張って返済していきたいと思っています。」(上述の6人家族。4児の母親)

2015年当初、追加的な生計回復措置が開始されたときには、@の支給金で生計手段の移行期間を支援しながら、Aコミュニティー開発基金、B職業訓練が軌道に乗ることで、移転住民の持続的な代替の生計手段への移行が図られるはずでした。また、移転世帯が以前の居住地域で自家消費用の野菜等を家庭菜園から得ることができていたことを踏まえ、移転地周辺での家庭菜園の場の提供も検討されてきました。しかし、AもBもなかなか最終的な目的の実現に貢献しきれていないのが現状であり、また、家庭菜園などの追加的な土地の提供も依然として実現には至っていません。

Aコミュニティー開発基金では、参加したい影響住民のグループが形成され、マイクロファイナンス形式の支援が予定されています。2015年初頭から何度もワークショップが開催され、メンバーはすでに2015年6月からマイクロセービングを開始。毎月最低3,000チャット(約300円。100チャットx 30日)以上を貯金してきました。また、家畜の飼育、小売業など、各希望世帯が時間をかけながら提案書を作り上げ、2015年12月には、すべての提案書をまとめて事業者側に提出しました。

しかし、2016年5月半ば時点では、依然としてマイクロファイナンスの供与は開始されていませんでした。初めは67名いたメンバーもこの間に10名以上が離れてしまいました。マイクロファイナンスの資金供与がいつになるか不明(待つ時間が長過ぎる)、あるいは、マイクロセービングを続けるのさえ難しい生活状況といった理由が聞かれました。

今後、マイクロファイナンスの供与が速やかに開始されるよう注視が必要であるとともに、すでにグループを止めてしまった世帯やマイクロセービングの継続が困難な世帯も、希望する場合にはメンバーに復帰できるよう、配慮が必要と言えます。

B職業訓練では、昨年から個人の希望に基づくトレーニングが開始されています。なかにはトレーニングで自身のスキルを磨き、SEZ内での仕事に活かしている住民もいます。キノコ栽培のトレーニングを受け、失敗も繰り返しながら、自宅の裏手でキノコ栽培を軌道に乗せようとしている住民もいます。


自宅の裏手にある狭いスペースを活用し、キノコ栽培を始めた世帯(2016年5月)

しかし、厳しい現実もあり、例えば、運転の訓練を終えた6名は、誰も定職に就けぬままいます。4名は免許取得試験に何度か挑戦しているものの、なかなか受からず、免許を無事に取得できた2名も熟練運転手ではないため、SEZ内外での定職探しのハードルは依然として高いままです。結局、必要に応じて依頼される近隣の僧院や知り合いの運転手を務めることもありますが、安定した収入は得られていません。

縫製についても5月に5名がトレーニング(週4回)を終えましたが、希望は、縫製工場での雇用ではなく、個人で顧客注文をベースに収入を得ることのため、顧客・マーケット開拓が今後の課題として残っています。また、当初は9名が縫製のトレーニングを受ける予定でしたが、乳児・幼児の面倒を見なくてはならず断念、あるいは、やむを得ない理由で欠席したところ内容についていけなくなったなど、各々の事情で4名がトレーニングを終えることができませんでした。

今後もオートバイ修理、電気関連、溶接など、住民の希望に基づくトレーニングが継続して予定されており、そのこと自体は歓迎すべきことですが、トレーニング後の雇用機会の斡旋やマーケット開拓、自営業の立ち上げなど、個々の状況に応じた木目細かい配慮が必要と言えます。


●移転地のインフラ・住環境の現状と課題

移転住民は、2014年6月にJICAに対して異議申立てを行なった当時から、移転地での水供給状態の改善を求め、大型の水タンクと各世帯への配水管設置を含む水配給システムを提案してきました。この間、既存の手動式水汲み上げポンプの改善・修理や、うち1台に飲料水用の浄化装置が付けられるなどの対応はなされてきましたが、各戸への水配給システムは2年経っても実現していません。

今年3月には、ようやく技術者から移転住民に対して、水配給システムの基本的な仕組みやルールに関する説明がなされ、移転世帯も5名の水管理委員をすでに選出しています。しかし、遅々として工事が始まらない現状に業を煮やした住民側は、5月6日、暫定の苦情処理メカニズムを利用し、事業者、ティラワSEZ管理委員会、JICAの各コミュニティー担当者らに書簡を提出。早期の水配給システムの完成を求めています。


技術者が水配給システムの仕組みやルールを移転住民に説明(2016年3月)


●検証:不十分だった移転前の対策と時間のかかる移転後の対策

ティラワSEZ初期開発区域(400ヘクタール)に伴う移転については、代替の生計手段にせよ、移転地の基礎インフラ整備にせよ、移転後にさまざまな追加的措置がなされていることからも、移転前の対策に相当な不備があったことは明らかです。さまざまな準備が整っていないにもかかわらず、2013年11月の着工ありきで、移転を急がせた側面は否めません。

結果として、移転住民の生活は悪化し(※2)、2015年に追加的な補償措置等が用意された時点では、すでに移転世帯の大半が借金を抱えている状態となりました。つまり、必要以上に負の状況からの生計回復を余儀なくされたことになり、その点で移転前の補償・移転対策の不備が、移転地での住民の生活に大きく負の遺産としてのしかかってきたと言えます。また、マイクロファイナンスの開始に1年以上かかっている実態やトレーニング受講がすぐに安定した収入に結びつくわけではない現状は、実際の移転より少なくとも1年以上前からなど、生計回復の準備期間が十分に確保されることが重要であることを示しています。

移転世帯への追加的な土地の提供や水配給システムの設置について、1年も2年もかかっても実現されないのは、全体として事業者側の移転住民への配慮・意識が如何に低いものか、あるいは、後回しになっているかの顕れと言えます。追加的な土地の確保については、確かに多くの政府機関やその他のステークホルダーとの調整が必要でしょう。しかし、事業者側が、どれ程の強い意思を示してリーダーシップを発揮するのか、あるいは、数人の努力だけではなく、どれだけ十分な人員・労力・時間を割くのかも、早期の対策実現に向けた重要な要素になりえます。

1年前に立ち上げられたマルチステークホルダー助言グループ(Multi-Stakeholder Advisory Group:MSAG)では、事業者側、住民、NGOが一堂に会し、四半期毎の会合が行なわれています。それ自体は歓迎すべき動きですが、問題解決や対策がその会合で実現されるわけではありません。JICA、ミャンマー政府(ティラワSEZ管理委員会)、日緬企業(MJTD)を含む事業者側は移転前の「過失」と自分たちの責任を自覚し、より早期の対策実現を目指すべきです。また、次期開発区域における移転では、これまでの教訓を踏まえた補償・生計回復措置を移転前のより早期の段階から準備・実施することが求められています。

 

※1 ミャンマー(ビルマ)・ティラワ経済特別区(SEZ)開発事業
パッケージ型インフラ事業として、日本が官民を挙げて進めている。ヤンゴン中心市街地から南東約23kmに位置するティラワ地区2,400ヘクタールに、製造業用地域、商業用地域等を総合的に開発する事業。初期開発区域(A区域。400ヘクタール)に海外投融資による出資をJICAが決定(ODAによる民間支援)。三菱商事、住友商事、丸紅が参画。A区域は2015年9月に一部開業している。JICAは残り2,000ヘクタールにおいても協力準備調査を実施していたが、次期開発区域(B区域。700ヘクタール)の了解覚書(MOU)の締結後、上記の日本3商社が出資を決めた262ヘクタール(B区域内)の産業区域の開発に出資を検討中。2016年6月現在、同産業区域の環境アセスメントや住民移転計画の審査を行なっている。A区域は2013年11月に着工し、68世帯(約300人)がすでに移転。残り2,000ヘクタールの開発では、さらに995世帯(3,829人)が移転を迫られることになる。

※2 人権のための医師団(Physicians for Human Rights : PHR)レポート(2014年11月)
英語原文”A Foreseeable Disaster in Burma: Forced Displacement in the Thilawa Special Economic Zone”
http://www.mekongwatch.org/PDF/Thilawa_A_Foreseeable_Disaster_in_Burma.pdf
日本語訳(部分訳)『ビルマにおける予期できた災害:ティラワ経済特別区での強制移転』
http://www.mekongwatch.org/PDF/Thilawa_A_Foreseeable_Disaster_in_Burma_JP.pdf

 

→ティラワ経済特別区(SEZ)開発事業についての詳細はこちら
http://www.mekongwatch.org/report/burma/thilawa.html

(文責 メコン・ウォッチ)

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