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ミャンマー・ティラワ経済特区>4年が経過した移転地で続く困難

メコン河開発メールニュース2018年1月24日


日本の官民が進めるミャンマーのティラワ経済特別区(SEZ)開発。早期開発区域(A区域。400ヘクタール)は2013 年11月に着工し、68世帯が移転を余儀なくされました。十分な移転・補償サポート体制がとられなかった移転地での暮らしは困難を極め、2014年6月には、住民が開発事業体の一部である国際協力機構(JICA)に対しJICAの環境社会配慮ガイドラインで定められた異議申立てを行っています。その後、いくつか改善策が取られたものの、十分な救済措置になったとは言えず、依然、苦しい生活を余儀なくされている住民も残されています。昨年2017年2月にはB区域の一部(108ヘクタール)が着工し、さらに91世帯が移転。計画によると、SEZ全体(2400ヘクタール)の最終的な移転世帯は1,000世帯に上ります。

以下、4年が経過した移転地で続く困難について、ヤンゴンに支部を置き、住民の法的サポートにあたる米国NGO、EarthRights Internationalが作成した資料(2017年11月作成)を和訳してお伝えします。

資料では、住民二人の声が紹介されています。一人は、子どもに十分な食事を与えることができずストレスを抱える母親。そしてもう一人は、借金で家を手放し、家賃を払うあてもなく途方に暮れる父親です。この二人は特別な例ではありません。

『JICA環境社会配慮ガイドライン』の規定には、移転住民について、「生活水準等が事業前よりも改善、少なくとも回復」されることとなっています。メコン・ウォッチでは、引き続き、住民が暮らしを立て直せるようJICAや事業者に改善を促していきます。

ティラワSEZに関して、これまでの経緯や現場の状況はこちら。
http://www.mekongwatch.org/report/burma/thilawa.html


●ティラワ経済特別区:救済を求めても、応じてもらえない?

ミャンマー初の経済特別区(SEZ)であるティラワSEZでは、4年に亘り、土地権の侵害およびコミュニティの軽視が問題視されてきた。SEZは村人をその土地から追いやり、その多くの場合において、補償が不適切かつ移転政策が不公正であり、村人は救済措置を求めて長い期間の苦闘を強いられることとなった。

2013年11月、81世帯がティラワSEZの区域Aの開発のために土地を失った。68世帯が強制や不誠実な約束のもと移転をし、環境的、経済的、物理的、そして精神的な困難に直面することとなった。移転先では、水や食糧、適切な住居、所有物、保健衛生、教育、仕事、そして生計といった基本的人権で保障されるはずのものを確保するのに苦労している。移転から丸4年の時点で、これらの困難は適正に救済されていない。

ティラワSEZは現在、拡大している。今年(2017年)区域Bのために、91世帯が移転し、さらに交渉が続いている。区域Aの村人が、しばしば、門前払いと果たされない約束に直面したため、移転を迫られる村人は心配している。ティラワSEZで起きたことは、ミャンマーでの同様の事業で起こり得る例を示している。既存の被害に対し救済措置が取られ、このような侵害が繰り返されないようにすることが不可欠だ。


■数字で見るティラワSEZにおける移転

 1,123家族がミャンマーのティラワSEZにより影響を受ける可能性がある。  

 159世帯がA区域およびB区域(区域2−2東部)のために移転した。

 これまでに27世帯が移転地の新しい家を出ている。そして、6世帯は現在も借金の抵当のため、新しい家を失うリスクに直面している。※

 移転世帯のうち18人がSEZ内で雇用を得ている。うち13人が正規で、5人が非正規。※

 2015年以降、地元の国会議員に98のティラワSEZに関する苦情が寄せられている。

※統計データがあるのは区域Aのみ。2017年11月現在のデータ。


■ティラワSEZ区域A:人びとの声

Phyu Phyu Win  ピュー・ピュー・ウィンさん
Myine Thar Yar village (3) ミャインターヤー村

「私には5人の子どもがいます。一番上の子は11歳で、一番下の子は1歳です。ここ(移転地)に引っ越して来る前は、私たちの生活は問題ありませんでした。家には家庭菜園がありました。魚も獲って来られました。夫はミャンマー国際ターミナル・ティラワ港(MITT)で日雇いとして働いていました。稼ぎは一日あたり8,000チャット(=約660円)。私も、鶏やヤギを飼育していました。私たちには定期収入があったのです。

教育を受けていなくても仕事をもらえると言われていました。よい給料の仕事が、誰よりも優先的にあてがわれると言われたのです。でも今、定職には就けていません。夫が仕事に出るのは月15日から20日です。家の建設を終わらせるために借金をしなければなりませんでした。家を失ってからは、抵当に入れたその家の価格から自分の借金と利子の返済額を差し引いた金額を貸主から返してもらい、他の世帯が持つ(移転地の一区画である)25×50平方フィート(7.62×15.24平方メートル=約116平米)の区画の中の少しを買い、家を建てました。なので、今、一区画の中に2つの家屋が建っているのです。夫の収入は家族を養うのに十分ではありません。私は家で小さな店を開きました。時折、子供たちの食事を抜かなければなりません。とてつもないストレスを感じます。心臓に違和感を感じることもあります。

 [次のグループが近くに移転して来た後]、私は自分たちのグループとの補償の差に不満を持ちました。私たちは同じ事情なのに、彼らは40×50平方フィート(12.192×15.24平方メートル=約186平米)と家屋補償のために6,000,000チャット(=約49万5千円)を得たのです。私も他の人たちと同じ補償を受け取りたいです。」


U Than Tun (U Shwe Gon) ウー・タン・トゥン(ウー・シュウェ・ゴン)さん
Myine Thar Yar village (3)  ミャインターヤー村

「移転地へ移って来る前、私の仕事は農家から預かった牛の世話をすることでした。毎年、私は20人程度の農家から、80から100頭の牛を任されていました。私たちは日本事業地(区域A)に15年ほど住んでいました。ビンロウの葉も育てていました。移転地に移される前、私たち家族の生計は悪くありませんでした。食べることの心配はしなくてよかったです。魚を獲って食料にできました。さらに、魚を売ることもできました。今は何でも購入する必要があります。ソースでさえも買わなくてはなりません。

今、私には定期的な仕事がありません。業者から連絡があれば、私は日雇いとして働きます。月に10日か15日で、だいたい日本事業地です。仕事内容は、セメント袋の運搬とセメントの練り混ぜ、それから地面の掘り起こしです。日給7,000チャット(=約578円)です。移転して来た時、家を持っていました。しかし昨年(2016年)4月に家を失いました。家を失ってからは、ここの家賃を払って住むことを余儀なくされています。月に50,000チャット(約4,127円)払わなくてはなりません。しかし50,000チャットが払えなくなり、友人の所にひと月一緒に住まわせてもらえるよう頼みました。ひと月後どこに住んだらいいのかわかりません。

私たちは息子一人、娘一人の4人家族です。ここに移って来る前、私は貯金できませんでしたが、借金もありませんでした。今は複数の厳しい課題に直面しています。マイクロファイナンスからはお金は借りられません。マイクロファイナンスから借りるには毎月3,000チャット(=約248円)貯金しなくてはなりません。私は3,000チャット貯められませんが、そうすれば家族のために十分な食料を得られます。招待してもらったとしても行事等に参加できません。収入は家族の食料を買うためとしか考えられないからです。」

2017年11月更新

 

原文(英語)写真付き
THILAWA SEZ: ACCESS TO REMEDY DENIED?
https://earthrights.org/wp-content/uploads/Thilawa_2017UNBHR.pdf

(文責・翻訳/メコン・ウォッチ)

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