ホーム > メコン河とは?> メコン河について > 回遊するメコン河の魚
「回遊」は、「魚類がその生活史の決まった時期に、ある生息域から別の場所に移動し、その後再び元の生息域に戻ってくること」、または「同種の生物の多くの個体が、予測可能な移動を周期的にすること」などと定義されています。
回遊は、河川の魚の多くに見られる特徴もあります。卵からかえったばかりの稚魚が、受動的に下流に流されるのも回遊の一種です。この場合流される場所は、稚魚が育つのに適した環境でなくてはなりません。そのため魚の生息を考えるとき、回遊については移動の道筋だけでなく、移動先の生息地や水環境とあわせて考える必要があることが分かります。
メコン河の魚の回遊を知るうえで、氾濫原、乾季の乾燥を避ける水環境、産卵地の3つがとりわけ重要です。氾濫原は、雨季のみに現れる季節的な一時水域で、カンボジアのトンレサップ湖の周辺からベトナムにかけてのメコン河本流一帯や、タイやラオスのメコン河支流域にみられます。また、東北タイのソンクラーム川やムン川支流のチー川流域も氾濫原が広がっています。
雨季のはじめの増水は、産卵と回遊の引き金となっているとみられています。一部の魚は、この時期の氾濫原に注ぎ込む水に乗って移動し、そこで成長するとみられています。そして乾季になると魚は、氾濫原から乾季でも涸れない湖や沼、河川に戻っていくのです。
メコン河本流では、deep poolと呼ばれる川の深い部分、日本の川でいう「淵」に、多種の魚が集まります。淵は、ラオス南部コーンの瀑布群からカンボジア北部クラチエ州などに存在し、各支流でもみられます。
メコン河の魚の産卵地や産卵について、今もまだ知られていないことの方が分かっているよりもずっと多いのです。地域住民の経験から得られた知見では、メコン河の魚は本支流の早瀬や淵、氾濫原で産卵すると推定されています。
メコンを回遊する魚
MRCの調査では中国南西部分を除くメコン河での回遊を、下流部回遊システム(LMS)、中流部回遊システム(MMS)、上流部回遊システム(UMS)の3つに分けています。
魚の回遊地図
・カンボジア:セサン・スレポック・セコン川
メコン河支流、セサン・スレポック・セコン川は、下流部回遊システム(LMS)の一部です。LMSは世界的にも魚種がもっとも多く、漁業資源の生産性が高い地域のひとつとみられています。
ここでは、乾季の水位低下にしたがって、トンレサップ湖からメコン河本流へ、さらに上流にある支流部分へと回遊する魚たちがいます。これらの魚は、水位が低い時期はカンボジア・クラチエ州やストゥントレン州のメコン河本流で過ごし、水位が上昇すると、セサン・スレポック・セコン川へと移動します。移動先で卵を産んだ後、今度はそこより下流に位置する支流などに移り、最終的にはトンレサップ湖に戻っていくのです。
・タイ:ムン川
ムン川流域
この流域は、MRCの分類では、中流部回遊システム(MMS)に属します。ムン川流域では多くの魚が、雨季に支流とその氾濫原に、乾季には本流に戻るという移動を繰り返しています。タイのNGO・研究者そしてメコン・ウォッチの聞き取り調査では、ムン川での魚の回遊は1月を除くすべての時期に見られ、人々が魚のその移動を捉えて、漁業を営んできたことが分かっています。回遊には、3-4月と5-6月のムン川への遡上、10-11月のメコン河への降下というピークが見られます。魚の産卵場所など、詳しいことは分かっていませんが、雨季に遡上してくる魚の多くが抱卵していることから、魚の産卵はムン川で行われていると考えられています。
ムン川では、1994年に完成したパクムンダムの建設によって河川の生態系は大きく変わってしまいました。セサン・スレポック・セコン川では数多くのダム開発が計画されています。ダムは、魚の回遊を阻害するだけでなく、淵などの生息地を破壊してしまいます。このような支流の開発は、これらの河川流域の漁業資源の減少だけでなく、メコン河全体の生態系に被害がおよぶことが懸念されています。
ダム開発と漁業被害の問題
→パクムンダムのページ
→出版物「水の声:ダムが脅かす村びとのいのちと暮らし」