ホーム > 資料・出版物 > メールニュース >メコン下流本流ダム>サイヤブリダムの行方(その6)〜公聴会で続出したタイ市
メコン河開発メールニュース2011年4月18日
メコン河本流に計画されているラオス・サイヤブリダムをめぐる動きについて、これまで連続してお伝えしてきました。
サイヤブリダムが建設されれば、中国を除く下流本流部分で初めてメコン河を遮ることになります。建設が計画されているラオスだけでなく、メコン河流域に大きな環境社会影響をもたらすこの事業に対しては、タイ、カンボジア、ベトナムの下流国の市民社会からさまざまな懸念・反対の声が挙っています。
今年2月12日、東北タイのナコンパノムで開催された公聴会に、現在、日本財団APIフォローとしてタイで水資源に関する調査を実施している寺嶋悠さんが参加されました。以下は、寺嶋さんが寄稿して下さった報告です。
なお、この報告は、こちらのページで、当日の様子を伝える画像付きでご覧になれます。
2011年2月初め、タイ国内三カ所で、サイヤブリダムに関する公聴会が開催されました。
近年、メコン河の本流ダム計画が急速に進行しつつあります。メコン河本流の、ラオス国内部分に計画されているサイヤブリダムは、中でも最も進行している案件です。
中国とビルマ(ミャンマー)を除く、メコン川流域四カ国(タイ、ラオス、カンボジア、ベトナム)政府で構成されるメコン河委員会(MRC)は、本流でのダム開発の際の事前情報公開や住民参加手続きを検討し、「通報・事前協議・合意手続き(PNPCA)」にまとめています。昨年9月、ラオス政府からMRCに、サイヤブリダム建設計画が公式に提出され、初めてPNPCAに基づく手続きが始まりました。
今回の公聴会は、この手続きに基づいたもので、メコン河本流に面するタイ東北部のチェンコン(チェンライ県)、チェンカン(ルーイ県)、ナコンパノム(ナコンパノム県)の三カ所で開催されました。
2月12日に開催されたナコンパノムでの公聴会には、地域住民、NGO、研究者、メディア関係者などおよそ150名が参加。MRCからは、ビエンチャンにあるMRC事務局とタイ政府国家メコン河委員会(NMRC)の代表が参加し、PNPCA手続きと今回の公聴会の位置づけ、サイヤブリダム計画や戦略的環境評価(SEA)の概要を説明しました。後半のオープンフォーラムでは、参加者が次々とマイクの前に立ち、ダム計画への懸念を表明し、MRCが現在進める手続きへの批判などが相次ぎました。
公聴会で目立ったのは、開催地ナコンパノムから約270キロ離れたウボンラチャタニ県から参加したパクムンダム影響住民約40名の発言でした。
タイのパクムンダムは、1994年、メコン河の支流ムン川に完成した水力発電ダムで、現在もなお漁業と生態系回復のための水門開放を巡って、影響住民とタイ政府との対立がくすぶっています。世界銀行が融資し、サイヤブリダムと同じく、「貧困削減」が建設目的のダムでした。ムン川はタイを流れるメコン河の最大の支流で、メコン河との合流部近くにできたパクムンダムのために、広範囲にわたって悪影響が発生しています。【1】
すでに大きな被害を受けたムン川支流の住民にとって、サイヤブリダムは、特に深刻な問題です。パクムンダム影響住民は、「メコン河本流ダムができることで何が起きるか、パクムンの経験から容易に想像できる」と口々にサイヤブリダムへの強い懸念を述べました。
また、今回の公聴会手続きへの批判も相次ぎました。特にサイヤブリダムの環境影響評価(EIA)が公開されていないことについては、【2】「住民が最大の当事者でありながら、限られた情報しか与えられていない」と強く批判の声が聞かれました。
「英語はもちろん、流域各国の言葉に翻訳し、速やかに公開すべき」「これは『公聴会』ではない。MRCが限られた情報だけを住民に与え、コメントを求めているに過ぎない」「わずか三カ所での開催ではなく、広く各県で開催すべき」「MRCの手続きはあまりに拙速。一度きりの公聴会では不十分」「継続的な意見交換の場を持つべき」など、MRCの現行PNPCA手続きそのものへの不満や批判の声が次々と述べられました。
その他、タイ電力公社(EGAT)がサイヤブリダムで発電する電力の95%を購入する契約についても、「電力はバンコクへ送電され、地方には何の恩恵もない」「タイの電力価格が下がることはない」など不満が出されました。
オープンフォーラムでは、地域住民、住民リーダー、研究者、NGO関係者など多様な立場の人びとが意見を述べました。終了時間は予定より延長され、途中、MRCタイ代表が再度答弁に立つ場面もありました。
最終的に、住民・NGOは、
・今回の場は、(一度限りの)公聴会とは見なさない。
・3月19日、東北タイ・サコンナコン県で再度住民フォーラムを開催する。そこに、MRCとすべての関係大臣を招待する。
・テーマは、サイヤブリダムに限定せず、メコン河本流に計画されている12カ所のダムすべてを含む。
といった点を改めて提議し、MRCもこれを受け入れざるを得ない状況となりました。
環境社会影響があまり甚大なため、これまで国際金融機関ですら融資してこなかったメコン河本流ダムが、民間セクターからの出資・融資という形で息を吹き返しつつあります。
タイ国内の環境NGO・住民グループの間で、サイヤブリダム反対姿勢は確立しつつあり、今回の公聴会前にもNGO・住民らによる戦略会議が開催されるなど、計画的・組織的に反対運動が形作られつつあります。
この背景には、ラオス政府によって急速に進められるサイヤブリダム建設計画に対する強い危機感があります。ラオス国内では、住民からダム反対の声が出ることは政治的に困難です。あくまで調整機関であり、直接的にダム計画の抑止力にはなり得ていないMRCですが、今のところ、サイヤブリダム計画の進行を監視する数少ない手段の一つではあります。
今月19日の第2回意見交換会の場と、その後をどう展開させるか。隣国内部に計画され、自分たちも直接的影響を受けるダムをどう中止させるか。初めてのメコン河本流ダム、しかも建設予定地は自国外という困難な条件の中で、タイの住民やNGOによる必死の働きかけが続いています。
注
【1】パクムンダム問題については、メコン・ウォッチのサイトを参照
http://www.mekongwatch.org/report/thailand/pakmun.html
【2】MRCは最近になって、サイヤブリダムの環境影響評価(EIA)や社会影響評価(SIA)をHP上で公開した。
(前文 メコン・ウォッチ、報告 寺嶋悠/日本財団APIフェロー)