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メコン河本流ダム(下流部)

電力不足から、メコン河下流域において大規模水力発電ダムを建設する各国政府の意欲が再燃し、2007年から下流本流ダム計画が復活しました。特に内陸国で経済発展に不利とされるラオスでは、水力発電に活路を見出し「アセアンのバッテリー」となる政策の下、支流も含め、大規模な水力発電ダムが進行しています。2020年1月時点で、ラオス領内の2つの本流ダムの建設が終了し、更に4つのダムで建設に向けた手続きが進んでいます(*)。しかし、巨大ダムの環境、社会影響が懸念通りに顕在化しただけでなく、気候の大きな変動下でのダムの安全性や効率性への疑問があります。また、流域全体で他の電源開発も急速に進んでいることから、これ以上のダム開発には慎重な議論が必要です。

*メコン河委員会 「通知、事前の協議および同意の手順(PNPCA)」のページ

http://www.mrcmekong.org/topics/pnpca-prior-consultation/

 

状況
ラオスのサイヤブリ、ドンサホン、2つの「流し込み式(Run-of-River)」ダムが建設され運転を開始しています。また、サナカムダム、ルアンパバンダム、パクライダム、パクベンダムの4つの事前協議の手続きも終了しています。更に4つのダム(タイ・ラオス国境のバーンクムとパクチョム、カンボジアのサンボー、ストゥントレン)の調査を行う契約が署名されています。
プロジェクトの経緯
1950年代後半から旧メコン委員会(メコン河下流域の水資源開発計画の調査・立案その調整を目的に設立された政府間機関)は、メコン地域における発電および灌漑ダムを推進するため、建設地を特定するための調査を行ってきました。1960年代までに同委員会は、メコン河下流における7つの大規模多目的連続ダムの計画を作成しています。これらは、水資源開発(1970年)プランのなかで提案されたもので、ダムの目的は水力発電・洪水対策・灌漑・航行の向上でした。「メコン・カスケード」と呼ばれるこれらのダムは、合わせて23,300MWの電力供給能力を持ち、メコン河の年間流水量の3分の1以上を貯水することができ、メコン河下流のほとんどを一連の大貯水池に変容させるはずでした。しかし、事業は膨大な社会・環境影響に関する懸念とインドシナ戦争のため中断し、予備計画の段階以上に進んだことはありません。
元の計画に膨大な住民移転に伴う影響が予想されたことから、メコン委員会は修正水資源開発プラン(1987年)で、以前の計画よりも規模が小さい多数の本流ダムを提案しています。総電力供給能力は23,250MWです。
その後、メコン河委員会の再編につながった「メコン協定」署名の数か月前、1994年に暫定メコン委員会事務局は、メコン河下流に最大11基のダムを建設するための報告書を出しました。1970年の水資源開発プランで考えられていたより大きなダムの代替案として、1994年調査は一連の「流れ込み式」ダムを提案しています。これらのダムは高さ30メートルから60メートルで、貯水池は全体でメコン河600キロにわたり、推定57,000人を移転させるという内容でした。1994年報告書は過去の計画の情報を使いながら潜在的なダム建設地を特定、それらに優先順位を付け、総発電能力13,350MWの9つのダムを提案しています。
懸念される問題点
多くの既存の調査によれば、これらのダムはメコン河の豊富な資源に依存している数千の流域のコミュニティーに深刻かつ広範な影響を与えることを示しています。
1990年代暫定メコン委員会事務局も、メコン河での漁業に対する本流ダムの潜在的な影響のレビューを研究者に委託しています。報告書は、従来の計画は漁業に関する不十分なデータしかないうえ、事業の優先順位の信頼性が問題、といった点を指摘、ダム建設による総合的な影響は甚大であろうと予測しています。特に、魚の生息地の消失が招く漁獲量の低下、生物多様性の減少、魚の回遊の阻害によるメコン河下流全体における漁獲高減少を懸念しています。
2004年にメコン河委員会が出版した調査報告書(Distribution and Ecology of Some Important Riverine Fish Species of the Mekong River Basin. MRC Technical Paper No. 10. 2004.)も、灌漑、水力発電、洪水対策を目的として建設されたダムを、「魚と漁業の将来への決定的な脅威」としています。
2010年には、MRCの委託により実施された戦略的環境評価(SEA)が発表されました。報告書では「メコン河のような複雑な河川生態系でのリスクの規模や付加逆性が不明である以上、本流ダムに関する決定を10年間延期し、自然界の営みへの理解を深めるために必要な条件が醸成し、管理・規制手続きが有効に機能していることを確認する調査を3年ごとに実施すべきである」といった趣旨の提言がなされています。 しかし、この報告書が出た後に、ラオスのサイヤブリダム、続いてドンサホンダムの建設も始まり、提言は生かされませんでした。
2015年、ベトナムの世界自然保護基金(WWF)が、最下流のベトナムのメコンデルタまで流下する土砂が、1992年から2014年の間に約半分に減少(1億6千万トンから7千5百万トン)していることを発表しました。現在メコンデルタは、深刻な塩害に悩まされています。また、メコン河の各地で魚の減少が報告されています。メコン河の本支流に建設されたダムの影響は、既に顕在化しているといえるでしょう。
評議会調査
2018年には、2012年から2017年までに行われたMRCによる調査の最終報告書が公表されました。調査は、「本流水力発電プロジェクトの影響を含む、メコン川の持続可能な開発と管理に関する調査」、通称「評議会調査」と呼ばれています。
(The Study on the Sustainable Development and Management of the Mekong River, including Impacts of Mainstream Hydropower Projects. 2018.)
NGOインターナショナル・リバースのまとめによると、この報告書は、2040年までに計画されている11のメコン下流本流ダムと120の支流にあるダムの影響により、生態系、経済、食料安全保障への深刻な影響が生じると示しています。
予想では、これら計画されているダムが造られれば、ベトナムの重要な食糧生産地であるメコンデルタにおいて、漁業や農業を支えるメコン河からの栄養に富んだ土壌の供給が97%も減少してしまいます。他にも、メコンデルタやラオスのビエンチャンからカンボジアのストゥントレンの間で、河岸や河床の土壌侵食が増える。本流ダムの貯水池や洪水防止のためのインフラ等が魚の回遊路の寸断をもたらし、流域の生態系を様々な形で損なう、2040年までに漁業資源は劇的に減少し、その他の要因もあってメコン川全体の漁業バイオマスが2020年には35-40%、2040年までには40-80%減少する、といったことが指摘されています。 2040年までの水力発電ダム開発により、メコン河の回遊魚の大部分は消し去られてしまうという予想です。
地球温暖化の影響も考慮に入れるとカンボジア、ラオスに深刻な食糧危機がもたらされる可能性も懸念されています。

参照:Tragic Trade-Offs: The MRC Council Study and the Impacts of Hydropower Development on the Mekong
リンク (外部サイトへ移動)

また2018年7月23日に発生したラオス南部のセピアンセナムノイダムの決壊事故を受けて、ラオス政府は既存・建設中のダムの安全確認や新規事業の中断と再検討をすると発表しました。

しかしその後も、パクライダム、ルアンパバーンダムの事前協議が進められるなどラオス政府のダム推進の姿勢は変わらず、MRCも評議会調査が示した危機に対応した動きを見せているとは言えません。 (更新日2023/10/13)

 

各事業名と概要       
事業名 設備容量 事業の主要目的 事業主体企業(国名) その他
パクベン 912MW(メガワット) タイへの売電 大唐国際発電(ダタンインターナショナル)(中国) ラオス北部ウドムサイ県
2007年8月、実行可能性調査の覚書(MOU)署名。
2016年12月20日に事前協議開始、2017年6月17日に終了している。2018年4月、タイが電力開発計画を見直した影響で事業開始時期は未定。
サイヤブリ 1,285MW* 95%の電力をタイへの売電 チョーカンチャン社(タイ) ラオス北部サイヤブリ県
2007年5月4日、実行可能性調査のMOU署名。2010年末には着工していたが、公式の竣工式は2012年11月に行われた。2019年10月に商業運転を開始した。
パクライ 1,320MW* タイへの売電 中国水利水電建設集団公司(Synohydro)および中国電子進出口総公司(CEIEC)(中国) ラオス北部サイヤブリ県
2007年6月11日、実行可能性調査のMOU署名。中国輸出入銀行が2億7,000万ドルの借款(利子率6%)を供与予定。事業費用は推定17億USドル。
ルアンパバン 1,410MW* - PV Power Engineering Consulting Joint Stock Company(ベトナム) ラオス北部ルアンパバン県
2007年10月14日、実行可能性調査のMOU署名。費用は推定18億USドル。
パクチョム 1,079MW - エネルギー省・代替エネルギー開発・効率化部(タイ) タイ・ルーイ県、ラオス・ビエンチャン県国境
タイのエネルギー省の委託を受けて、現在、Panya Consultants Co. Ltd.およびMahanakhon Consultantsが実行可能性調査を実施中。
サナカム 700MW タイへの売電 事業社:Datang (Lao) Sanakham Hydropower Co. Ltdの名前が開発事業者として上がっている ラオス・ビエンチャン
2007年11月12日に実行可能性調査のMOU署名。初期環境影響調査(IEE)準備中。
ドンサホン 240MW * タイ、カンボジア、またはベトナムへの売電 メガ・ファースト・コーポレーションBhd(MFCB)(マレーシア)、シノハイドロ・インターナショナル社(中国)がダムの建設を受託 ラオス南部チャンパサック県
2006年3月に実行可能性調査のMOU署名。建設費用は約7億2千万USドル。2016年1月から工事が始まり、2020年11月から商業運転開始。
ラートスア 800MW - Charoen Energy and Water Asia Co. Ltd.(タイ) ラオス・チャンパサック県
2008年2月4日、実行可能性調査のMOU署名。
プーゴーイ 不明 - タイ企業が関与? ラオス・チャンパサック県
詳細不明
バーングム 2,175MW - - タイ・ウボンラチャタニ県、ラオス・チャンパサック県国境
タイのエネルギー省の委託を受けて、現在、Panya Consultants Co. Ltd.およびMahanakhon Consultantsが実行可能性調査を実施中。
ストゥントレン 980MW - ロイヤルグループ(カンボジア)が調査実施予定。 カンボジア・ストゥントレン
2017年の報道では、ロイヤルグループがプレF/S、F/S、環境アセスメントを実施する許可を得たとされている。
サンボー 3,300MW * または 465MW - ロイヤルグループ(カンボジア)が調査実施予定。 カンボジア・クラチェ
2006年10月31日、実行可能性調査のMOU署名。調査はCSGPの子会社であるGuangxi Grid社により行われれたが、2010年、Natural Heritage Institute (NHI) がカンボジア政府とダムのデザイン変更を行っている。2017年の報道では、ロイヤルグループがプレF/S、F/S、環境アセスメントを実施する許可を得たとされている。

         メコン河本流ダム建設予定地2008年時(地図)

         メコン河本流ダム建設予定地2012年時点(地図)

   

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