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 メコン下流本流ダム>中国・三峡ダムからの教訓

メコン河開発メールニュース2011年7月7日

今年5月18日、中国の温家宝首相が国務院常務会議の席で、長江/揚子江にかかる三峡ダムの悪影響をはじめて公式に認めたと報じられています。

以下はベトナムの英字紙に掲載された記事の日本語訳ですが、三峡ダムの教訓を「大河川の本流をダムで遮ってしまうと流域全体にわたって魚類の回遊や堆砂の移動が妨げられ、生態系にはとりわけ壊滅的である」と総括し、メコン河本流で活発化するダム建設計画に対して警鐘を鳴らしています。

ベトナムが三峡ダムから学ぶべきこと

Peter Bosshard
ベトナムThanh Nien News【1】
2011年6月3日

揚子江/長江【2】に建設された三峡ダムは世界最大の規模を誇り、世界中のダム建設のモデルだともてはやされることもしばしばである。しかし、ついに中国政府は同ダムが深刻な社会・環境・地質上の問題をはらんでいることを公式に認めた【3】。三峡ダム事業がもたらす教訓を考えてみたい。

発電容量が1万8,200メガワット(MW)に達し、メコン河下流本流に計画中のダム全基の総発電容量を上回る三峡ダムは、工学上の一大業績と言ってよい。気が遠くなるほど複雑な事業にもかかわらず、2008年、中国政府は予定を前倒ししてダムを完成させた。建設費用は270億米ドルから880億米ドルと推定されている。

三峡ダムは中国の電力の2%を発電し、これは年3,000万トン以上の石炭の消費量に匹敵する。しかし、同ダムは最も安価なエネルギー源でもなければ、石炭に代わる最善の手段でもなかった。実際、三峡ダムが建設されている間に、中国の経済はエネルギー消費の点でさらに効率が悪くなっていった。米国のエネルギー財団(Energy Foundation)は、中国にとって新規の発電所を建設するより「省エネに投資した方が、より安価でクリーンで生産的であった」と指摘している。

ダムの影響

三峡ダムの環境・社会上のコストは建設費用以上にすさまじいと思われる。まず、120万人以上の人びとが立退かされた。何百人もの地方政府職員が補償金を自分のふところにおさめる一方で、抗議の声は圧殺された。統制経済を放棄し土地が不足する中で、中国政府は立退かされた人びとに土地や雇用を提供するという約束を果たせなかった。

三峡ダムはアジア最長の長江の生態系に大きな悪影響を及ぼした。魚類の回遊が妨げられ、川の自己浄化能力も低下した。貯水池周辺の産業による汚染で毒性の藻が頻繁に発生する。漁獲高は激減し、揚子江イルカは絶滅し、他の生物も同様の運命をたどっている。

世界中の湖沼や河川ではダム建設と汚染によって、他のいかなる主な生態系よりも多くの生物種が絶滅している。

環境・社会上の影響が予測されていた一方で、政府関係者も三峡ダムがもたらす地質上の大きな影響には不意打ちをくらった格好である。貯水池の水位は毎年145メートルから175メートルの間で変動する。これによって揚子江峡谷の斜面がゆるみ地滑りが頻発する。中国の専門家によると、浸食が貯水池の周囲の半分で発生し、178キロに及ぶ河岸が崩落の危機にある。補修のためにはさらに30万人の人びとを立退かさなければならない。

長江の堆砂の大半が貯水池にとどまっていることで、下流一帯では堆砂不足が発生している。その結果として、海岸線の湿地が毎年最大4平方キロメートルの割合で失われている。河口で浸食が発生し、海水が川を逆流し、農業や飲料水の供給に影響を及ぼしている。川から栄養分が補給されないため、沿岸漁業も打撃を受けている。

よく、水力発電所が地球温暖化対策として提案されることがあるが、三峡ダムを見ると、気候変動の気まぐれでこうした事業にあらたなリスクの生じることが分かる。端的に言えば、もはや過去の記録では将来の河川の状態を予測できなくなっているのだ。

2009年、三峡ダムの事業者はダムをはじめて満水にする計画だった。ところが、降水量が不足して実現できなかった。今年、中国中部は50年に一度の大渇水で、ふたたび三峡ダムをはじめ何百ものダムで発電量が激減した。

方向転換?

三峡ダムの影響については、1980年代と1990年代を通して科学者たちが警告を発していたが耳を傾ける者はいなかった。5月18日、中国の最高政府機関ははじめてダムのもたらす深刻な問題を認めた。政府は「三峡ダムが洪水制御、発電、河川運輸、水資源活用の面で中国に大きな利益をもたらしている」と主張しながらも、「環境保全、地質上の危険防止、立退き住民の福利といった点で緊急な課題が生じている」としている。

三峡ダムは世界中のダム建設のモデルにもなっている。例えば、ベトナムの紅河(Da River)にあるソンラー(Son La)ダムは「三峡ダムに対するベトナムの回答」と称される【4】。長江で巨大ダム建設事業を終えた三峡電力社(Three Gorges Power Corporation)と契約企業は三峡ダム建設で培った技術をラオス・カンボジア・ベトナムといった国々にも輸出しはじめた。

三峡ダムの重要性を鑑みれば、同ダムから教訓を学んでおく必要がある。まず、なんと言っても三峡ダムは、大河川の本流をダムで遮ってしまうと流域全体にわたって魚類の回遊や堆砂の移動が妨げられ、生態系にはとりわけ壊滅的であることを示している。世界ダム委員会(World Commission on Dams)が『ダムと開発(Dams and Development)』と題した画期的な報告書で提言したように、代替案が存在する限り河川の本流でのダム建設は回避されるべきである【5】。

第二に、三峡ダムの経験は、大河川に巨大ダムを建設するときわめて複雑な生態系にとって大障害となることを示している。ダムの影響は何千キロも離れたところで、建設が完了して何年も経ってから顕在化することもある。事業の環境・社会影響をすべて予測し対応することは不可能である。2010年、ネイチャ・コンサーバンシィ(Nature Conservancy)【6】が協力して実施した水文学者の国際チームの調査では、特に下流への影響がしばしば見逃されることが明らかになった。

メコン河委員会(MRC)が委託した戦略的環境評価(SEA)では、メコン河下流本流にダムを建設することで、淡水・海水魚が減少し、メコンデルタとカンボジアの氾濫原での農業生産性が低減し、河岸やメコンデルタの海岸線が浸食を受けると予測している。こうした影響はすべて三峡ダムによって顕在化している。向こう10年間メコン河にダムを建設すべきではないというMRCの提案には、今ではベトナム政府も同調しているが、長江で発生した事態が反映されている【7】。

最後に、三峡ダムの事例は、大規模基盤整備に際して、初期の段階から影響住民をはじめとする利害関係者が意思決定に関与すべきである点を示している。中国は強大な国家で三峡ダム事業においても何十万ドルという資金を住民移転計画につぎ込んだ。しかし、影響住民が意思決定から除外されていたため、移転計画が往々にして住民の需要や要望に応えておらず、貧困と不満を拡大させる結果になった。

最近になって中国政府は、ダム建設で立退かされた何百万人もの住民に年金を支払う包括的な措置を始めた。しかし、影響住民を初期の段階から意思決定に関与させる方がより安価で効果的である。今年はじめ、サイヤブリダムをめぐってベトナム政府が開催した市民協議会は正しい方向に踏み出した一歩だと言える。

Peter Bosshard氏は米国に本部を置く環境NGOインターナショナルリバーズ(International Rivers)の政策部長。ここに示されたのは氏の個人的見解である。

訳注
【1】原文(英語)は以下のURLで閲覧可能
   http://www.thanhniennews.com/2010/Pages/20110604114522.aspx
【2】長江は全長6,300キロ。アジアで最長、世界でも第3位の大河川。日本語で「揚子江」、英語でYangtze Riverの名称で親しまれる。
【3】BBC News. May 19, 2011. China acknowledges Three Gorges dam 'problems'
   http://www.bbc.co.uk/news/mobile/world-asia-pacific-13451528
【4】ソンラーダムについては、以下のメールニュースを参照
   「ベトナム・ソンラーダム>300人が移転地から逆戻り」
   「ベトナム・ソンラーダム>10万人の移転急ぐ」
【5】世界ダム委員会については、こちらのサイトを参照
【6】米国に本部を置く世界的な自然保護団体
   http://www.nature.org/index.htm
【7】MRCの戦略的環境評価については、以下のメールニュースを参照
   「メコン下流本流ダム>サイヤブリダムの行方(その2)〜MRCの調査が本流ダム
建設決定の10年延期」

(文責・翻訳 メコン・ウォッチ)

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