ホーム > 現地での活動 > 少数民族による文化・生物多様性の保全活動への支援
世界地図に、さまざまな生きものと人びとの分布を示すと、たくさんの種類の生物が赤道付近に集中して生息しているとともに、先住民族や少数民族の多くが同じ地域に居住していることが分かります。今日、経済のグローバル化や大規模開発によって、生きものの多様性が脅かされていることはよく知られていますが、文化の多様性についても、現在、世界で話されている7,000種類ほどの言語のうち、今世紀末までに、5分の1から半数が完全に話し手をなくし、消滅するであろうと言われています。
⇒文化・生物多様性地図(ユネスコ)
打合せをするチョン族のリーダーたち
なぜ、生物の多様性と言語・文化の多様性が重なりあうのかについては、いくつかの説明の仕方がありますが、私たちは、まず、このふたつの多様性をあわせてとらえることが重要だと思っています。また、言語や文化が保全されることで、先住・少数民族がアイデンティティを強め、伝統的に営んできた持続可能な生活や自然資源の活用を維持し、そのことによって、生物多様性の保全に結びつくのではないかとも思っています。
こうしたアイデアを、実践を通して検証し、具体的な成果につなげるために、メコン・ウォッチでは、タイ東部に住むチョン族が試みている文化・生物多様性保全活動に着目し、この活動を支援・調査する事業を行っています。
⇒大西正幸「生物多様性と言語の多様性」
タイ・チャンタブリ県
(地図中の赤い部分)
チョン族は、現在、タイ東部とカンボジア西部に居住する少数民族で、オーストロアジア語族に属するチョン語を話します。「チョン」は、チョン語で、「ひと」を意味します。タイ側では、チョン族の多くが、カンボジアと国境を接するチャンタブリ県カオキチャクート郡に居住し、総人口は4,000人ほどであると推定されています。ほぼ全員がタイ語を母語とし、20才未満でチョン語を話せる人はほとんどいません。交通機関が整備されて都市部との往来が頻繁になり、タイ語による公教育やメディアの影響の結果として、チョン族の子どもたちが家庭でチョン語を話すことはなくなってしまいました。
自分たちの文化の重要な部分であるチョン語が消滅しかねないことに危機感を抱いたチョン族のリーダーたちは、1990年代末から、タイ国立マヒドン大学農村のための言語文化研究所(現アジア言語文化研究所)の協力を得て、言語・文化保全活動を開始しました。この活動は、劣化してゆく地域の自然環境、とりわけ森林の保全をも視野に入れた、生物多様性保全活動を通した村づくりとしても推進されることになりました。
授業では周囲の環境など身近な話題が
取上げられる
1999年、まず、それまで文字を持たなかったチョン語のために、タイ文字を改変してチョン文字が開発されました。マヒドン大学の研究者を招いて、なんども村で話合いがもたれ、チョン族の人びとが自分たちのものだと感じられる文字が作られていきました。2000年には保全事業が本格化し、村人の手によって、2,000人を対象とする意識調査が実施されました。その後、地元の小学校の理解を得ることに成功し、2002年から小学校3年生の「地域学習」の一環として、週3回、1回1時間のチョン語・文化の授業が開始される運びになりました。1学期20週で、2学期制なので、年間の総授業時間は120時間になります。こうしてチョン語は、タイの公教育制度の中で正式に教えられた少数民族言語の第1号例となりました。また、2004年にはチョン民族資料館が開館し、伝統的な家具や道具を展示するほか、集会場としても使われています。
民俗資料館
生物多様性保全の方面では、コミュニティー森林の整備が進み、貯水池の取水ポンプを運転する電力をソーラーパネルで確保するようになりました。チョン族の環境保護意識が高まってきたと言えます。また、2005年ごろからは、自然学習やエコツーリズムを推進するために、近郊の森林を散策・調査しています。調査によって分かった植物や薬草の知識は、適宜、資料館に展示されます。さらに、自分たちの体験をタイに住む他の先住・少数民族にも伝えるために、東北部のニャフル族やクメール族、南部のマレー族をチャンタブリ県に招いて、現地訪問や経験交流会を実施しています。
⇒Suwilai Premsrirat Chong Language Revitalization Project Part 1 & Part 2
小学校でのチョン語・文化学習は、現在では小学校4年生にまで拡大し、実施校も3校に増えました。このように、画期的な試みとして開始・発展したチョン族の文化・生物多様性保全活動ですが、課題がないわけではありません。チョン族の人びととの会話からは、「子どもが家でチョン語を使うようになった」とか、「自分が子どもの頃は学校でチョン語を話すことが禁じられていて、チョン族であることに誇りが持てなかったが、今はまったく違う」とか、「タイ文字をもとにしたチョン文字で勉強するおかげで、子どもたちのタイ語読解力も高くなった」と言った声が聞けますが、保全活動全体をさらに体系的に評価して、次の段階に進むための考えをまとめる時期に差しかかっていると言えます。
また、タイ語や英語による学術的な活動記録はすでに存在しますが、一般向けの平易な活動紹介を作成し、チョン族の先駆的な活動をより広く一般市民に伝えることで、社会全体の文化・生物多様性に対する理解と支持を底上げすることができると思います。また、そうした作業を行う過程で、チョン族がさらに自分たちの活動に自信を持ち、今後とも文化・生物保全活動を継続していけるのだと思います。
メコン・ウォッチでは、そのような視点から、現在、チョン族の活動を紹介するブックレットを日本語と英語で準備中です。また、さまざまな機会を使って、関心のある方がたに、チョン族の文化・生物多様性保全の経験を伝えていくよう努力しています。
チョン族の住まい
関連資料
⇒「森の再生、言葉の再生〜APIタイ調査で学んだこと」(土井利幸、2013年3月発表スライド)
⇒「森の再生、言葉・文化の再生〜タイ・チャンタブリ県チョン族の挑戦」
(シリラット・シーソンバット、2012年2月)
⇒『森の再生、言葉の再生〜生物・文化多様性の回復を目指すタイ・チョン族
の挑戦〜』(メコン・ウォッチ、2011年9月)
⇒「生物多様性と小数民族」(COP10配布資料)
⇒「ティンクープおじいさんとまご」(チョン語のお話)
関連リンク(日本語)
⇒日本言語学会「危機言語のページ」
⇒NPO地球ことば村
⇒生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)支援実行委員会
関連リンク(英語)
⇒マヒドン大学アジア言語文化研究所「危機言語文化研究」
(Endangered Languages and Cultures, Research Institute for Languages and Cultures of Asia)
⇒エスノローグ「チョン語」
(Ethnologue Chong)
⇒危機言語支援財団
(Foundation for Endangered Languages)
⇒テラリンガ
(TERRALINGUA)
⇒ユネスコ社会変容管理(MOST)プログラム「言語の権利」
(UNESCO Management of Social Transformation Linguistic Rights)
*「少数民族による文化・生物多様性保全活動への支援事業」は、日本興亜おもいやりプログラムおよび(財)イオン環境財団の助成を受けています。
最終更新日:2013年7月8日