ホーム > 現地での活動 > タイにおけるバイオマス(バガス)発電の住民生活への影響調査
工場が取水する川
■地域
東北タイ
■実施期間
2018年4月〜2019年3月
■プロジェクトの概要
タイは世界第2位の砂糖輸出国です。タイでは化石燃料の代替として、サトウキビの搾りかすであるバガスなど、未利用バイオマスの有効活用をうたう事業が複数実施・計画されています。その一部は日本の政府助成金の対象となり、日本企業が事業に参画する例も見られます。
タイ政府は2010年代に、大規模サトウキビ・プランテーションの多い地域以外の場所にも、製糖工場と併設するバイオマス発電所の建設を認める政策転換を行いました。しかし、特に東北部では集落至近での大規模プラント建設と、プランテーションの増加による生業への打撃が懸念され、一部の事業は地元住民の強い反対にあっています。今後、代替エネルギー分野において、タイで日本企業の投資が増えることも予想されますが、現状、関連情報のほぼ全てがタイ語で発信されているため、日本国内では地域住民の懸念や事業の環境影響が知られていません。そこで東北タイでのバガス利用のバイオマス発電所建設を事例に、対象となる地域の環境と事業が内在する住民生活への影響を明らかとするための調査を実施し、事例から導き出された争点を整理、関連政策等を紹介するレポートを発行しました。概要を以下にご紹介します。
(本調査は2018年度の高木仁三郎市民科学基金の助成で実施しました。)
サトウキビを運搬するトラック
■<レポート>東北タイにおけるバガス燃料バイオマス発電所建設事業の環境社会影響(要約)
タイ政府は、従来厳しく制限していた砂糖の生産量やその生産工場を拡大する政策を明確にし、工場の移転や増設を2010年から認めている。2000年代に始まった石油使用抑制のためのバイオエタノール生産に加え、調査時にプラユット政権下で進められていたタイランド4.0といった国家戦略や奨励作物栽培の政策も、サトウキビの増産を誘導している。そこには、砂糖生産で発生するサトウキビ残滓のバガスを燃料とする発電所を併設し、バイオマスによる発電も増やすという方向性も打ち出されている。
農業廃棄物の有効利用とされるバガス発電だが、タイではバイオマス発電所由来の健康被害事例が増え、住民が公害問題の解決を訴える件が多数報道されている。タイ保健省も、バイオマス発電所を公害の懸念がある施設として注視している。一方、タイ政府は再生可能エネルギーの普及のため、固定買取制度(FIT)等でバイオマス発電事業の増加を政策的に誘導しており、企業の投資は今後も増えるとみられる。
現地調査対象とした東北タイは乾季の乾燥が激しい。住民は水の持続的利用のため、小規模な森林と農地を混在させるなど、独自の土地利用を行ってきた。調査地では、一部住民が有機農業で在来種のコメの多品種栽培を行い、経営的に成功している。製糖工場と発電所建設に反対するこのグループを中心にインタビューを行ったところ、住民は製糖工場とバイオマス発電所の事業に対し、(1)製糖工場による水質汚染、(2)発電所煤煙による大気汚染、(3)製糖工場と発電所の操業による水不足、(4)工場建設とサトウキビ農園増加による森の減少と土地利用の変化、(5) サトウキビ農園増加による農薬や除草剤の使用増、(6)サトウキビ運搬による交通量増加と事故の増加、といった点を強く懸念していることが分かった。調査地では現在、環境アセスメントが認可され、工場と発電所も建設中である。
しかし今後、煤煙が防止されても、工場と発電所の大量の水利用、敷地内の巨大な貯水地や敷地の森林伐採による地下水への影響は避けられず、住民の水利用に影響する懸念は残る。また調査地周辺のサトウキビの生産は少ない。工場が運転を始めても当面、サトウキビは遠方から運ばれる。サトウキビの運搬トラックの往来は、ピーク時期に1日約2,000台になると予想されている。運搬時は往々にして道に大量のサトウキビが落下し、バイクで移動する住民の交通事故の原因となっている。交通量の増加は、振動、騒音、排気ガス増加を招くため、周辺の子どもたちへの健康影響も不安視されていた。また、環境負荷も高まる。
サトウキビ栽培には通常、除草剤や農薬が大量に使用される。事業による地域でのサトウキビ生産増も、環境や人々の健康に影響する。今後、事業地周辺の森林や水田がサトウキビに転換されれば、住民が長年培ってきた土地利用や水資源管理も失われ、農薬や除草剤の多用などと合わせ、生物多様性への影響が出ることも考えられる。様々な懸念から現在、事業に反対する住民は環境アセスメントの認可取り消しを求め、行政裁判を起こし係争中である。
タイにおけるバガスによる発電は、未利用廃棄物の有効利用という面だけで単純に評価はできない。事業者・投資家は環境・社会面のリスクを十分確認した上で、投資や事業参画を検討すべきだろう。